用もないのに

用もないのに 新聞の広告で奥田英朗の新作旅行エッセイ集が出たと知り、すぐに買ってしまいました。書き下ろしではなく、《ナンバー》や《野性時代》など、複数の雑誌に掲載された文章をまとめたもの……なんですが、あいかわらずおもしろいですー。帯の“笑えますって”のコピーに偽りなしです。

 なかでも受けちゃったのが、「おやじフジロックに行く。しかも雨……」編。もうタイトルまんま、当時40代後半の奥田さんがフジロック・フェスティバルに参戦したときのルポなんですが、導入部の文章がもろにわたしの気持ちを代弁しているみたいで、思わず苦笑い。ニール・ヤングやスティーヴ・ウィンウッドの出演に心動かされるものの、“しかし、おやじの腰は重いのである。ロックの一線をとっくにリタイヤした身に、新幹線に乗って苗場の会場まで行くだけの情熱はない”と言い訳し、行動に移すことがなかった経緯が語られるわけですが、わかりますよねー、この気持ち。

 そんな奥田さんが若い編集者に焚きつけられ、原稿を書くという名目のもと2005年のフジロックに出かけるんですが、もー、ちょっとトシのいったロック好きなら、思わず「そうそう!」とうなずいちゃう箇所多数。あの出不精でものぐさな奥田さんが行ったんだから、とわたしもちょこっとその気になったりしたけれど、今年の出演者にはいまひとつそそられず。ふん、おばさんの腰はおやじ以上に重いんですよ!

■書誌情報
『用もないのに』奥田英朗/文藝春秋(2009.05.15発行)

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黒笑小説

黒笑小説 (集英社文庫 ひ 15-8) 今年の集英社文庫のナツイチ企画、マスコットの携帯ストラップがかわいくて、思わず本屋で大人買いしてしまいました。4冊買って見事、レアアイテムのダーク大佐をゲットしたんですが、そのときに買った1冊がこれ。

 そんなわけで中身に関してはあまり期待してなかったんだけど、いやなかなかどうして。けっこうおもしろいんですよ。とくに作家と編集者をそれぞれの視点から描いた最初の4編は秀逸。ノミネートされた賞の結果発表を待つ様子をシニカル描いた「もうひとつの助走」、なんとなく新人賞に選ばれてしまったものの、そのあとがつづかない新人作家を描いた「線香花火」や「過去の人」。どれもご本人の体験が下敷きにあるんだろうなあ。(^^;) それをまた自虐的にこんな話にしたてちゃう東野圭吾の頭のなかは、いったいどうなっているんでしょう?

 わたしが身につまされたのは、同じく作家ものの「選考会」という短篇。リーディングで「なんだ、これ?」と思うような本に当たったとき、もしかして、本当はすごく斬新でおもしろいのに、それを理解できる感性が自分にはないんじゃないかと不安になることがあるんですが、その経験と重なりました。いやあ、これは他人事じゃないですよ。(^^;)

■書誌情報
『黒笑小説』東野圭吾/集英社文庫(2008.04.25発行)
*2005年4月に刊行された単行本の文庫化

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のぼうの城

のぼうの城 まさかここまで売れるとはねえ。なんと20万部突破のベストセラーですって。おまけに直木賞にノミネートされちゃって、今月はじめにあわてて買ってきました。当日出たばかりの10刷を。いや、地元民として知っておいたほうがいいかなーという程度のノリだったんですが、いやはや、思いのほかおもしろかったです。

 舞台となる忍(おし)城は、現在は堀の一部しか残っていませんが、周囲を湖に囲まれていたことから“浮城”と呼ばれていたとか、秀吉の軍勢が唯一落とせなかった城だという話は知っていました。でも、でも、秀吉方の総大将が石田三成だったなんて全然知らなかったし、水攻めがおこなわれたことも知らなかった。そんなわけで、とても興味深く読めました。

 地元なので、石田三成が丸墓山古墳にのぼって忍城の様子をうかがったとか、彼が水攻めのために築いた堤防が北は白川戸から南は久下までのびていたなんて描写に思わずわくわく。耳慣れた地名も小説に出てくると、とても新鮮に感じます。想像力を総動員して、当時の風景を一生懸命イメージしながら読みました。

 でも、この小説のいちばんの魅力は、登場人物ひとりひとりのキャラが立っていることかな。一本筋のとおった丹波や、血気盛んな酒巻靭負など、どの人物もイメージしやく描かれています。武士だけでなく、農民までもがとても個性的だし。でも、なんといっても、タイトルになっている“のぼう”様こと成田長親が強烈。いまで言えば天然という感じの城代なんですが、ホントに愛すべきキャラクターです。

 ただし、いろいろ引っかかった部分もあり。もともとドラマの脚本として書いたものらしく、大河ドラマのような説明が興を殺いでいるところが見受けられました。あと、昔の地名にいちいち括弧書きでいまの○○県と説明しているのもうっとうしいなあ。初出だけでいいと思うのに。う~ん、これで直木賞は無理……だよね。きっと

■書誌情報
『のぼうの城』和田竜/小学館(2007.02.03発行)

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なぜ絵版師に頼まなかったのか

なぜ絵版師に頼まなかったのか いやはや、このタイトルには思いっきり笑わせてもらいました。海外ミステリ好きなら、クリスティーのあの作品のもじりだとぴんときますよね。この掲題作を含め、ハリイ・ケメルマンやトマス・ハリスの名作をもじったタイトルをつけた5作を収録した連作ミステリです。

 表紙にイラストで描かれているエルウィン・フォン・ベルツをはじめ、ナウマンやモース、フェノロサ、ボアソナードなど、外国から招聘されたお雇い外国人が登場し、松山から出てきたベルツの書生、葛城冬馬とともに、東京で起こった不可思議な事件にいどんでいくのですが、そんな重厚な内容ではありません。さらっと読めて、ちょっとした暇つぶしにはぴったりという感じ。

 実際のベルツがどんな人だったのかはわかりませんが、花瓶をとっくりがわりにして日本酒を飲み、金襴緞子の振り袖を部屋着にしている、日本かぶれのヘンな外国人として描かれています。でも、さじ加減が絶妙なんでしょうねえ、それがちっともばかばかしくなっていないんです。彼がときどき冬馬に洩らす言葉は含蓄が深く、いろいろと考えさせられる内容でもありました。

 実際、ベルツという人は当時の極端な欧米化政策に疑問を持っており、過去の日本を野蛮と切り捨て、ヨーロッパが何世紀にもわたって構築してきた文化や学問の上っ面だけをすくい取るような姿勢を厳しく批判していたようです。いまの日本は、彼が100年も昔に予言したとおりになっちゃってますよねえ。

■書誌情報
『なぜ絵版師に頼まなかったのか』北森鴻/光文社(2008.05.25発行)

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隠蔽捜査

隠蔽捜査 (新潮文庫 こ 42-3) 第60回日本推理作家協会賞が先日発表になり、今野さんの『果断』が長編及び連作短編集部門を受賞……ということで、『果断』の前にあたる『隠蔽捜査』を読んでみました。

 最初のうちは主人公の警察官僚、竜崎のエリート意識にものすごい反発を感じながら読んでたんですよ。ひたすら高級官僚をめざして勉強に明け暮れ、東大から警察庁に入り、その後もひたすら努力を重ね、40代なかばのいまは長官官房の総務課長というかなり重要な地位についている彼は、東大以外は大学ではないとか、小学校で同級だった同期の伊丹がいまだ“地方警察の幹部にすぎない”のは私大出だからだとか、しょせん出世をあきらめた私立大出だとか、そういうむかつく発言を平気でするやつとして描かれます。

 でも、話を追うにつれ、竜崎の上昇志向は、肩書を得ることに意義を見出しているのではなく、上のポジションにつけば権限が増え、やれることが広がると考えているのであり、エリート意識も人を見下しているのではなく、いざとなれば命を賭けて国を守る覚悟に裏打ちされているのがわかってくるんですよね。昔の官僚は竜崎のような人が多かったと思うんですが、官僚に対していいイメージが持てなくなっている昨今、こういう主人公はかえって新鮮。まあ、ちょっとかっこよすぎる感じもするけれど。

 話はけっしておもしろくないわけではないんだけど、事件を追いながらも、竜崎の信念みたいなものが、ところどころで語られ、それがときどき鼻につくところがマイナスかな。なんか、上司の心得みたいなハウツー本を読まされている気がしてきちゃうんですよね。独白によりかかるのではなく、竜崎の行動や発言で人となりを描いていくのが小説なんじゃないかしらん。

 とはいえ、まずまずのおもしろさだったので、続編の『果断』も読んでみるつもり。現場での竜崎の活躍が楽しみだわん。

■書誌情報
『隠蔽捜査』今野敏/新潮文庫(2008.02.01発行)
*2005年9月発行の単行本の文庫化

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メリーゴーランド

メリーゴーランド (新潮文庫) この人の作風はさわやかでエンタテインメント性に富んでいて、どれを読んでも本当に楽しいなあ。しかも主人公がごくごく普通の人。それがある状況に置かれて、がんばるという話が多いんだけど、それがちっとも陳腐じゃないんだからすごいです。

 で、遅ればせながら読んだこの『メリーゴーランド』もツボにはまりました。主人公の啓一は、9年前、忙しくて過労死続出の会社を辞め、出身地の市役所に転職。のんびりとした職場で可もなく不可もない公務員生活を送っていた彼に、ある日くだった出向辞令。行き先は第三セクターが経営する超赤字のテーマパーク。民間企業での経験を買われて、テーマパークの再建をまかされた……と言えば聞こえはいいけど、実際には、再建のための部署を作りました、メンバーには民間出身の者もいますと市民にアピールしたいだけの形ばかりの人事。だが、優柔不断で小心者の啓一のなかでなにかが目覚めた。やる気のない上司を尻目に、啓一の孤軍奮闘が始まった……。

 うっひゃー、この作家、広告制作会社に勤めていたということだけど、ひょっとして公務員の経験あり? と思わせるほど、地方の役場の雰囲気が生き生きとつたわってきます。ことなかれ主義とか前例踏襲とか出る杭は打たれる的な雰囲気とか。それがさ、かなり誇張されているものの、単に上っ面を撫でただけの描写じゃなく、経験者としては「そうそう!」と膝を打ちたくなる場面がてんこ盛りなの。会社員時代に役所相手に仕事をしたことがあるのかもしれませんねえ。

 で、さんざん引っかきまわしたうえでのラストがまたぐっど。ヘンに現実離れしていなくてね。この人の作品はホント、締め方がうまいなあ。 

■書誌情報
『メリーゴーランド』荻原浩/新潮文庫(2006.12.01発行)
*2004年6月刊行の単行本からの文庫化

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サニーサイドエッグ

サニーサイドエッグ (創元クライム・クラブ) きゃー、ひさしぶりの最上俊平ですよ! そう、フィリップ・マーロウに憧れ、探偵事務所をひらいてしまった私立探偵の最上俊平が帰ってきました。『ハードボイルド・エッグ』が出たのが……うわあ、1999年ですって。そうかあ、もうそんなにたっちゃったのか。

 本のなかの最上は、すっかりペット探偵ぶりが板についていますが、もちろん、本人はそれが本業と思っているわけではなく、いつかは人間相手の依頼が持ちこまれる日を夢見ているわけだけど本人の思惑とはうらはらに、仕事の大半は行方不明になったペットの捜索。ペット探偵専用の名刺もあるし(「ヘルプ・ニャー」には笑いました)、専用の調査用紙もあったりして、もうりっぱなペット探偵。

 そんなおり、ひとりの美女が事務所のドアを叩き、「すわ、本物の依頼人か!」と色めく最上。その願いもむなしく、美女の依頼はやはり猫探し。それでも、これが縁でお近づきになれればという下心むき出しで調査に出向く彼に、さらなる依頼が――

 ハードボイルドの基本をしっかり踏襲しながら、おかしくてそれでいて人情味のある話というのが、いかにもこの人らしいですよねえ。チャンドラー・マニアの警官須藤とのチャンドラーなやりとりも絶妙です。と言っても、わたしはチャンドラーが苦手。だもんでほとんどまじめに読んでおらず、ふんふんとわかったふりして読んでるだけですが。(^^;)

 前作の秘書も傑作だったけど、今度の秘書もぶっ飛んでます。若くて、アルバイトでモデルをやっていたという触れ込みですが、これがもう強烈で。(^^;) いわゆるハードボイルドとちがって、この秘書、単なるお飾りじゃありません。キャラが強烈なのもさることながら、きっちり筋にからんでいてうまいなあと思いました。

■書誌情報
『サニーサイドエッグ』荻原浩/創元クライム・クラブ(2007.07.31発行)

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香菜里屋を知っていますか

香菜里屋を知っていますか 三軒茶屋にあるビア・バー〈香菜里屋〉を舞台にした、連作短篇集もこれで4巻目。と同時に、これが最後なのだそうです。えー、残念。語りのうまさもさることながら、マスターの工藤がさりげなく出す料理がどれもおいしそうで、読むのが本当に楽しかったんだもの。その料理も、めちゃくちゃ凝っているわけではなく、たとえばゆでたもやしを塩とごま油とちりめんじゃこであえただけというシンプルなものが主体。でもそのシンプルさゆえに、おいしさが簡単にイメージできるんですよね。一部の食通でなければ口にしないようなものを出されても、おいしいんだろうなと思うだけで終わってしまうもの。そのへんのさじかげんがじつにうまいと思うんです。

 で、さすがラストだけあって、オールスター・キャストというか、なつかしのあの人、この人が次々に店を訪れます。どのエピソードも終わりを予感させるような内容で、また、マスターの工藤の過去も明らかになったりするのですが、彼が店をたたむ理由がいまひとつはっきりしません。ひょっとしてわたしの読解力のせい?(^^;) まあ、それは多分にあると思うけど、それだけでもないような……なんて、あれこれ悶々と考えてたところで、大矢博子さんの書評を読んで、おお、そういうことか!と膝を打ちました。いままでは別シリーズの登場人物が〈香菜里屋〉を通じてクロスしてきたわけだから、今度は別のシリーズを追いかけてれば、そのあたりも明らかになると考えるのが当然だわね。ますます楽しみになってきたわん。

■書誌情報
『香菜里屋を知っていますか』北森鴻/講談社(2007.11.22発行)

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赤朽葉家の伝説

赤朽葉家の伝説 ああ、この作家はやっぱりすごい。出た当初から評判で、わりと早いうちに(それでも3月に出た3刷でしたが)手元にはあったんですよ。ただ、2段組なうえに300ページを超す(桜庭一樹としては)大作で、なかなか読むモードに入らず、放置していたのですが、ふと思い立って読みはじめたら、とまりませんでした。これすごいわ。思い立った理由というのが、この次に出た『私の男』がまたえらい評判で、それを読みたかったから。それにはやはりこいつを片づけなくてはだめよね、と思ったしだい。ええ、けっこう律儀なんですよ(うそ)。

 1953年から現代までが、山陰の旧家に生きる祖母、母、わたしの、3代にわたる女性の視点から、家業の製鉄業の盛衰など戦後日本の歴史を盛りこみながら、圧倒的な迫力で描かれています。ま、いわば大河小説的な世界が展開されるわけですが、そこはやはり桜庭一樹ワールドなんですよね。昭和も20年代後半以降の話なのに、もっと昔の話のような、神話とも伝説ともとれる筆致で描かれているんです。もちろん、山陰の旧家という設定もあるのでしょうが、その独特の描き方はやはりこの人ならでは。

 また、色にとことんこだわった言葉選びもすばらしいです。地名や人名のつけかた、登場人物の着ている服、牡丹雪や紅葉、あるいは新緑の山々など自然の描写と、物語のそこかしこに色がふんだんに使われています。

 残念なのは、語り手である瞳子(とうこ)の思考や発言が、20歳を過ぎている娘とは思えないほど青臭いというか、幼稚なこと。『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』や『少女には向かない職業』の中学生の主人公と変わらないんですよね。変わらないといえば、ラストの着地もこの人らしく、いい意味でも悪い意味でも変わらないなあと。

 で、この作品は、去年の日本推理作家協会賞を受賞していますが、えーと、ミステリではないと思います。たしかに謎はあるのよ。でもね、その謎が出てくるのは230ページをすぎてからだし、謎というほどのものでもないんです。それに、最初のほうでひとつ、え?と引っかかった部分があって、けっきょくそれが鍵だったという程度のぬる~い謎なの。だからそっちはあまり期待しないほうがいいかと。 

■書誌情報
『赤朽葉家の伝説』桜庭一樹/東京創元社(2006.12.28発行)

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メタボラ

メタボラ 夏前に買ったはずなのに、いまごろ読み終わりました。分厚いので躊躇してたんですが、読みはじめたらとまらず、一気でした。

 記憶をなくし、暗い森をさまよっていた〈僕〉は昭光という若者と出会った。昭光によって“ギンジ”の名をあたえられた〈僕〉は、アルバイト女性のアパート、石材店の住み込み、ゲストハウスの住み込みと住む場所を転々としながら、新しい人格を形成していく。過去がないことを必死に隠しつつ、記憶を失う前の自分を知ることに本能的な恐怖を感じる“ギンジ”。彼の記憶は戻るのか、戻るとしたらいったいどんな過去が明らかになるのかと、ひたすらページを繰っていくと……うぎゃー、そうきましたか。やはり桐野夏生はこっちの期待を裏切りません。

 青春ロードノベルかと思ったら、さにあらず。沖縄の基地問題、ナイチャーとウチナーンチュ、偽装請負など、社会的な内容も盛りこみつつ、暗黒でどろどろした物語に仕上がっています。ラストはいまひとつ好みではありませんが、圧倒的なパワーで語られる物語はさすがです。

■書誌情報
『メタボラ』桐野夏生/朝日新聞社(2007.05.30発行)

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借金取りの王子

借金取りの王子 はい、山本周五郎賞をとった『君たちに明日はない』の続編ですね。

 リストラ請負会社に勤務する村上真介は、対象企業の社員をときにやんわりと、ときに容赦なく自主退職へと導いていくのが仕事。といっても、真介がダメ社員を容赦なく切り捨てる話ではありません。リストラ会社による面接というのは、あくまで各社員がこれまでの自分を振り返り、これからをどう生きるかを考えるためのきっかけにすぎないんです。

 登場する社員は、みんな必死に仕事をしてきた人たち。デパートの外商部に所属し、1年で2億を稼ぎ出す若手の女性、地元の学校を出て地元の有名旅館に勤め、それなりに充実感を得ている女性、一流大学を出てあえて町金を就職先に選んだ男性などなど。いいかげんに仕事をしている人はひとりもいない。そんな彼らが真介との面接をきっかけに、人生設計を考えなおし、あらたな人生の選択をしていく。あるいは、やはりこれでいいんだと納得する。だから読んでいて不愉快にならないし、読後感もいいんです。

 誰にだって、自分の人生、これでいいのかと振り返ることはあるわけで、それをリストラ請負会社による面接という、ちょっと突飛な状況を使って描いてみせる。そういう切り取り方のセンスがいいですねえ。

■書誌情報
『借金取りの王子』垣根涼介/新潮社(2007.09.20発行)

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シー・ラブズ・ユー

シー・ラブズ・ユー―東京バンドワゴン 明治時代から東京の下町に店舗をかまえる古書店〈東京バンドワゴン〉を舞台に、4世代9人家族が繰り広げる、ちょっぴりミステリな人情話4篇がおさめられています。

 なにしろ登場人物が9人ですからね。そのなかの子ども2人はいいとして、男性も女性も似たような年齢の登場人物が何人もいて、ときどきごっちゃになっちゃいますが、まあ、それはご愛敬ということで(あたしの頭の容量が小さいだけだという話もありますけどね)。

 前作の『東京バンドワゴン』もそうだけど、昔のホームドラマを見ているような、あたたかさがあるんですよね。登場人物たちと一緒になって笑ったり、頭をひねったり、ときにはしんみりと涙したり。それも、変な家族観を押しつけるわけじゃなく、家族っていいなと、ごく自然に思わせてくれるところがいいの。物語の進行につれ、家族構成がちょっとずつ変化していくところも読みどころです。

 家族だけでなくご近所さんまでもがお互いを気づかい合い、いざというときには損得抜きで力を貸す関係はちょっぴりうらやましいけれど、実際のところ、こんな濃密な関係に放りこまれたら、息苦しくて逃げ出しちゃいたくなるだろうなあ。(^^;)

■書誌情報
『シー・ラブズ・ユー』小路幸也/集英社(2007.05.30発行)

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ジェネラル・ルージュの凱旋

ジェネラル・ルージュの凱旋 2作目の『ナイチンゲールの沈黙』があまりにアレで、もうこのシリーズは読まなくていいかなという気持ちに傾いていたのですが(実際、角川から出た『螺鈿迷宮』はパスした)、ふと読んでしまった最新作のこれは、またまたエンタテインメントに徹したおもしろさで一気読みでした。ううむ、やはりあなどれません。

 今回は人が死ぬわけではなく、舞台となる東城大学付属病院の救命救急センター部長が、業者から賄賂をもらっているという匿名情報があって、その真偽のほどを調査するために、主人公にして血を見るのが死ぬほど嫌いな医師、田口が奔走するという話。後半の委員会でのやりとりは、まさにリーガル・サスペンスばりのおもしろさで、こういうロジカルなやりとりを読むのが好きなわたしにはツボでした。

 残念なのは、ロジカル・モンスターの異名をとる厚生労働省の役人、白鳥の活躍(?)が少ないところ。まあ、それなりの存在感はしめしているものの、デビュー作『チーム・バチスタの栄光』での度肝を抜く傍若無人ぶりにはおよびません。それとも、こっちに免疫ができちゃったせいかしら?

『ナイチンゲール~』と同時進行の物語なので、できればあっちを読んでおいたほうがいいけど、でもあれは、アレだからなあ。(^^;) この作家、今度は東京創元社のミステリ・フロンティアからも出すそうですが、そっちは病院ものじゃないみたい。ミステリ・フロンティアというところに、期待しちゃいますねえ。わくわく。

■書誌情報
『ジェネラル・ルージュの凱旋』海堂尊/宝島社(2007.04.23発行)

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悪人

悪人 この人の作品は短篇集を1冊しか読んだことがないのですが、こういうクライムノベル系の話も書くのかと、ちょっとびっくりしました。

 若い男が出会い系サイトで出会った女を殺した。ただそれだけの、考えようによってはすごく安っぽい事件が、加害者、被害者、家族、友人など、関係者の視点をとおし、多角的に描かれていきます。ドラマチックな展開も、最後のどんでん返しもありません。ノンフィクションのような手法で、関係者が事件についていろいろと語るだけなんです。

 被害者にも加害者にもまったく共感が持てないし、被害者の友人というふたりの女性も、ひとりでいたくないからつるんでいるとしか思えない。事件のきっかけを作ってしまった男なんか、あんたが死ねばと言いたくなるくらいいやなやつだし、加害者と逃亡してしまう女性にいたっては、ばかじゃないのという感じ。でも、なぜか引き込まれちゃうんですよ。これが語りのうまさなんでしょうねえ。

 途中、育った環境がそうさせたのだという同情論的な結末に持っていくのかと不安に思った部分もありますが、ラストの着地はうまかったと思います。

■書誌情報
『悪人』吉田修一/朝日新聞社(2007.04.30発行)

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砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない ロリータっぽい表紙、この薄さ(本文200ページちょい)、しかも挿絵入り。だけど、ライトノベルなんてレッテルが嘘のように、重くて暗くて悲しくて怖い(ホラーじゃないです)小説でした。

 前半では、風変わりな転校生に主人公の少女が振り回される様子が描かれるのですが、その転校生の奇行の奥に隠された真実が徐々に明らかになっていき、そこからはもう一気。ラノベの制約ゆえか、分量的に物足りなさを感じるものの、それでもずしりとしたメッセージはしっかり伝わってきます。

■書誌情報
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』桜庭一樹/富士見ミステリー文庫(2004.11.15発行)

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使命と魂のリミット

使命と魂のリミット ふらっとはいった書店でなんとなく買ってしまったのですが、いや~、1600円分はじゅうぶん楽しませてくれる本でした。帯に医学サスペンスとあるけど、それはちょっとちがう。たまたま舞台が病院なだけで、タイムリミットものであり、復讐ものでありと、いかにもこの人らしく、いくつもの要素を絡み合わせ、考えさせたり、泣かせたり、ハラハラさせたりと楽しませてくれます。

 犯人はかなりはやい段階からわかっていて、その人がなんのためになにをするのかというのがなかなかわからない。それが少しずつわかっていって、最後はその犯行を阻止できるのか、という点にしぼられていくのですが、最後、それじゃ甘すぎでしょう。(^^;) 泣かせようという意図が見え見えです。いや、普通の人ならここで泣くのかな。

 というわけで、フツーに読むにはたしかに一気読みできて、読み手を楽しませるツボをうまくおさえているとは思うけど、わたしのなかでは、ちょっともやもや感が残ってしまったのでした。と同時に、事件なり事故のあとの、加害者、被害者それぞれがどう生きていくのかということを、あらためて考えされられもしました。

■書誌情報
『使命と魂のリミット』東野圭吾/新潮社(2006.12.05発行)

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千年、働いてきました

千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン タイトルと帯の「口コミで広がって13万部になりました!」の文字に惹かれて買ったのですが、これ、おもしろーい。日本には創業100年以上の老舗企業が10万以上もあると推測されていて、それは世界のなかでもものすごく特殊なことなのだそうです。しかも、世界最古の会社があるのも、わが日本。それも飛鳥時代からつづく、1400年もの歴史があるというのだから驚きです。

 老舗というと“同族経営”の弊害ばかりが取り沙汰されますが、本書で紹介される企業はどれも、“同族経営”ゆえのよさを発揮しつつ、しなやかに時代に対応しながら生き残ってきたところばかり。それを、身近な携帯電話を例に引きながら、わかりやすく説明してくれています。

 もちろん、どこも老舗ということだけで生き残っていけるわけではなく、そこには血の滲むような努力があるわけなんですが、読んでいて、とっても誇らしい気持ちになれます。いや、あたしが誇らしく思う理由なんかないんだけど(^^;)。また、“丹精をこめる”ことがいかに大事かをあらためて気づかせてもくれます。

 雑誌の連載をまとめたものなので、新書ですがとても読みやすいし、ハイテク話なんかわかんなーいって人でも大丈夫。

■書誌情報
『千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン』野村進/角川oneテーマ21(2006.11.10発行)

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家日和

家日和“家”というか“家庭”をテーマに描いた6つのドラマからなるこの作品、どれもなんてことない話なのに、ぐっと引き込まれます。

 不要品をネットオークションに出したら、思わぬ高評価を得て舞い上がってしまう主婦を描いた「サニーデイ」、会社の倒産で専業主夫を余儀なくされたサラリーマンが、意外にも主夫業にはまってあらたな自分を見出していく「ここが青山」など、どこにでも転がっているような題材をうま~く料理しています。じゃあ、家族っていいな、としみじみさせてくれる話かと言えば、微妙にそうでもない。家庭生活のもろもろに共感できて、読んだあとにほんのちょっと幸せになれる本……という感じでしょうか。奥田英朗のうまさがたっぷりと堪能できる1冊です。

 ところで帯の“2007年 奥田英朗のオンリーワン”のコピーは、今年はこれしか出ないってことでしょうか?

■書誌情報
『家日和』奥田英朗/集英社(2007.04.10発行)

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彼女がその名を知らない鳥たち

彼女がその名を知らない鳥たち デビュー作の『九月が永遠に続けば』がとてもよかったので2作目も読んでみました。前作よりもさらに筆力がアップしていることは認めつつ、最初のうちは何度放り投げようかと思ったことか。

 というのも、主人公の十和子という女性が不愉快すぎるんです。なんとなくずるずると一緒に暮らしている中年男陣治の稼ぎで暮らしているくせに、昔の恋人が忘れられず、だらだらと毎日を暮らし、陣治につらくあたることもしょっちゅう。性格も暗いし、なんだよ、この女と思いながら読んでいくと、途中からぞっとするような展開に……。そこからはもう一気でした。真相がわかってみれば、陣治と十和子の関係もそうだったのかーと腑に落ちます。このラスト、怖すぎ。

 それにしても、このタイトルはどういう意味なんでしょう? けっきょく最後までわかりませんでした。すみません、読解力がなくて(泣)。

■書誌情報
『彼女がその名を知らない鳥たち』沼田まほかる/幻冬舎(2006.10.10発行)

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闇の底

闇の底 デビュー作にして江戸川乱歩賞を受賞した『天使のナイフ』は少年犯罪をテーマにしたサスペンスだったけど、2作目のこれは性犯罪がテーマ。前作につづき、またまた興味深いテーマでわくわくしながら読みはじめました。

 少女を狙った性犯罪が発生するたびに、かつて性犯罪を犯した男たちが殺される事件が起こった。幼女が性犯罪者に殺された事件を捜査していた長瀬は、捜査なかばで県警に出向させられ、連続殺人事件の捜査チームにくわわることに。実は長瀬は、子どものときに妹が性犯罪者の犠牲となっており、事件には複雑な思いを抱いている。
 世論をも巻きこんだ劇場型犯罪の結末は……?

 うーん、いろいろ突っこみどころのある内容だと思います。(^^;)『天使のナイフ』の完成度がものすごく高かったので、なんか拍子抜けしちゃいました。かなり早い段階であからさまなミスディレクションがあって、この人は絶対に犯人じゃないだろうと思いながら読んでいたせいか、物語の流れにうまく乗れなかったんですよね。だから、結末にも驚かなかった。というか、後半に入ってから、もしかしてと思ったんですが、そのとおりの結末でした。それに、あの段階でなぜ長瀬が県警に行かなければいけなかったのか、その必然性が全然感じられなかったのも不満。警察小説としてだめだめじゃん。

 ただし、『天使のナイフ』同様、この小説が投げかけているテーマは重いです。性犯罪をおかした者をどう更正させるのか、犯罪者の情報をどこまで住民に開示するのか、いま日本でもいろいろ議論されていますが、本当にむずかしい。T・ジェファーソン・パーカーの『ブルー・アワー』では、仮釈放の条件として、性欲を押さえるための女性ホルモンを定期的に注射しているという話が出てきましたが、いずれ日本でもそういう提案がされるときが来るのでしょうか。

■書誌情報
『闇の底』薬丸岳/講談社(2006.09.08発行)

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ナイチンゲールの沈黙

ナイチンゲールの沈黙 デビュー作『チーム・バチスタの栄光』で楽しませてくれた海堂尊の長篇第2作にして、田口+白鳥コンビ(白鳥いわく“トリー&グッチー”)のシリーズ第2弾ということで、わくわくしながら読みはじめました……が、これ、おもしろくないんですけど。わーん。(;_;)

 レティノ(網膜芽腫)で小児病棟に入院している牧村瑞人の父親が殺される事件がいちおう軸なのかな。でも、殺されるまでが長くって。(^^;) もちろん、ただ漫然と長いわけじゃなくて、ほかのいろんな要素がいろいろ描かれるんです。それがどうなって行くのかなとわくわくしていたんですが、なんかまとまりがないの。殺人事件が発生してからがなんだかなーという感じで。

 前作のような、最初に事件ありきで、そこから関係者のいろんな過去がわかってきて、え、こいつが犯人、いやいや、それともあいつ? みたいなわくわく感を期待していたこっちが悪いのかもしれないけど、それだけじゃないような気がする。構成に難があるんじゃないかとも思うし、それにSFちっくな部分があるのもわたしがダメだった原因かも。

 ただし、キャラクター作りはすごくいいと思うんです。田口と白鳥も冴えてるけど、ここに白鳥に負けず劣らずの個性を持った刑事までからんでくるし、小児病棟に入院している子どもたちもすごくいい。寝てるんだか起きてるんだかわからないのに、いざとなるとすごい観察眼を発揮する猫田看護師長もすごい。

 でもいちばん気に入ったのは、子どもたちが熱中している特撮ヒーローのハイパーマン・バッカスなんですけど……。バッカスの名のとおり、酔わなきゃ変身できないヒーローって……。ストーリーになんの関係もないキャラなのに、すごくしっかり造りこんであって、これで本が1冊書けるんじゃないのと思ったほど。

 3作目の『螺鈿迷宮』も、もう出てるんですよね。うーん、読むかどうか微妙なところだなあ。

■書誌情報
『ナイチンゲールの沈黙』海堂尊/宝島社(2006.10.21発行)

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真夏の島に咲く花は

真夏の島に咲く花は この人もいろんな抽斗を持ってる作家なんだなーと、あらためて感じさせられました。『ヒート・アイランド』や『ワイルド・ソウル』のような冒険活劇っぽいクライムノベルがいちばん好きだけど、こういう青春群像劇もなかなか。ものすごくいいかって言われると、うーんとうなっちゃうけど、楽しく読めて、それでいていろいろと考えさせられる部分もあって、よかったと思います。

 幼いときに両親とともに日本から移住し、この地でレストランを営むヨシ、ヨシのガールフレンドでインド人のサティ、ヨシともサティとも学校で一緒だったフィジアンのチョネ、ワーキングビザで日本から来た茜。人種も立場もちがう4人の若者が、首都で勃発したクーデターが引き起こすうねりに、否応なしに巻きこまれていく。

 とはいえ、舞台となるのは首都のスバから離れたナンディで、だから町そのものが混乱しているわけではない。ただし、4人のうちチョネをのぞく3人の生活は観光に大きく依存していて、クーデターの行方が気になるところ。フィジアンとインド人の対立や、あらたに入りこんできた中国人への反感なども描かれているけど、シリアスでありながら肩の力が抜けていて、のほほんとした雰囲気の流れる群像劇といった感じ。ちょっとぬるいかなとも思うけど。

 それにしても、なんにも知らずに手に取ったので、舞台がフィジー、しかも2000年に実際に起こったクーデターが背景だと知ったときにはのけぞりました。だって、つい1カ月前にもフィジーではクーデターがあったばかりなんですもん。のどかな南の島と思いこんでいたあの国をいろいろと知るきっかけになりました。

■書誌情報
『真夏の島に咲く花は』垣根涼介/講談社(2006.10.10発行)

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親不孝通りディテクティブ

親不孝通りディテクティブ 屋台のバーを営む鴨志田鉄樹(通称“テッキ”)と結婚相談所の調査員、根岸球太(通称“キュータ”)という、高校時代からの腐れ縁コンビがなぜかあれこれ事件に巻きこまれるという、博多の街を舞台にした連作短篇集です。いままで読んできた北森鴻のテイストとはちょっぴりちがっていて新鮮でした。

 哲学科中退、無口で冷静なテッキと、お調子者でおしゃべりで直情径行型のキュータ。なんで10年以上もつるんでいるのか、よくわからないくらい正反対なふたり。物語はそんなふたりの視点が交互に語られ、それがすごくいい感じを出しています。テッキだけだとちょっとどんよりしちゃうけど、かと言ってキュータだけだとあまりに軽薄で読む気がしない。ふたりをうまく使い分けることで、コミカルになりすぎず、ちょっぴりせつない北森節に仕上がっていると思います。そうそう、キュータが語る部分は地の文も博多弁で、それが文章にいきおいをあたえているのかもしれません。

 全6作品のうち、最後の「センチメンタル・ドライバー」は後味が悪かったなあ。わたし、こういう解決方法って嫌いなんですよ。それをせつないとかハードボイルドだと片づけてしまうのはどうかと思います。せっかくいい感じだったのに。

 ところで、この10月に『親不孝通りラプソディ』という、いかにも続編ぽいタイトルの単行本が出たんですが、テッキとキュータの高校時代に遡る話みたいですね。よかった、あのつづきだったら、ちょっと複雑だったかも。

■書誌情報
『親不孝通りディテクティブ』北森鴻/講談社文庫(2006.08.11発行)
 *2001年2月に実業之日本社より刊行された単行本の文庫化

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夜をゆく飛行機

夜をゆく飛行機 前々から読んでみたかった作家の、いまのところの最新長篇を読んでみました。これ、すごくいいですね!

 里々子(りりこ)という高校3年生の女の子の視点で、酒屋を営む6人家族の悲喜こもごもを描いたホームドラマなんですが、夜をゆく飛行機のように、動いていないように見えて、実は少しずつ動いている家族の姿を、実にうまくとらえたお話でした。ありがちなほのぼの系とかそんなんじゃなくて、過ぎていく時をとめられないせつなさ、もどかしさとでも言うのかな。そんな雰囲気に満ちているように思いました。

 主人公が夜、物干し台にあがって、飛行機の明かりを見ているシーンがいいんですよね~。時間軸は一定方向にしか動かず、人間は誰も同じではいられない。家族は少しずつメンバーが欠けていく。頭ではわかっているけど認めたくない、認められない。そんな気持ちがひしひしと伝わってきます。

■書誌情報
『夜をゆく飛行機』角田光代/中央公論新社(2006.07.25発行)

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ボトルネック

ボトルネック 悲しい。最後の1行が衝撃的すぎて、もう言葉も出ません。

 2年前に死んだガールフレンドのノゾミを弔うため、彼女が転落死した東尋坊を訪れたリョウ。そこで眩暈に襲われ、気がついたときは自分の住む町に戻っていた。しかし、そこは彼が生まれなかった世界、いわばパラレルワールドだった……。

 自宅に戻れば、自分の世界では死産したはずの姉(というのもヘンなんだけど)がいて、自分の世界では家庭内別居しているはずの両親の仲がいい。それ以上にリョウを驚かせたのは……。

 自分が生まれなかった世界にぽんと放り出された主人公が、自分の世界との「間違いさがし」をするうちに、自分の存在意義そのものに絶望していく姿は痛々しいし、救いも全然ない話なんですが、こんなふうにも青春を描けるんだーと、しびれました。タイトルの「ボトルネック」の意味が心に突き刺さります。読み手をかなり選ぶんじゃないかと思うんですが、わたし的には傑作。

■書誌情報
『ボトルネック』米澤穂信/新潮社(2006.08.30発行)

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天才たちの値段

天才たちの値段 いや~、いいね! 短大の美術講師佐々木と、天才的な鑑定眼(いや鑑定舌と言うべきか)を持つ神永が、美術品にまつわる謎を解き明かしていく連作短篇集。なんていうのかな、ものすごい蘊蓄を披露しているというよりは、中学や高校くらいで習ったなーというかすかな記憶を呼び覚まし、そこからイメージが広がっていくような感じがあるんですよね。

 たとえば、タイトル作はボッティチェッリの作かもしれないという絵の真贋をめぐる話ですが、誰でも知っている「春」という絵を例に引き、それをうまく使って架空の絵をイメージさせてくれる。ほかの作品もそうで、知的昂奮を刺激されるというよりは、むしろ話のなかにすっと入って、自分もそこで見ているみたいな感じをおぼえます。

 すごく深いとか、すごく感動するというんじゃないけど、これだけの短さのなかで、凡人の佐々木と天才の神永の知恵くらべが楽しめ、同時に、しっかりどんでん返しもあってエンタメ性も充分。話題も、前述のボッティチェッリやら古地図やら涅槃図やらフェルメールやらと多岐にわたり、あきさせません。欲を言えば、語り手の佐々木のキャラが弱いのがちょっとかな。でも、人が死なない、こういう問答みたいなミステリもいいですよね。

■書誌情報
『天才たちの値段』門井慶喜/文藝春秋(2006.09.15発行)

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終末のフール

終末のフール うわー、これいいなー。前作の『砂漠』も悪くはなかったけど、伊坂作品としては並みという感じだったので、これを読むのはちょっとドキドキだったんですよね。うん、『砂漠』で直木賞をとらなくて本当によかったよ。

 8年後に小惑星が衝突して地球が終末を迎えるとわかってから5年後、つまり、小惑星が衝突するまであと3年という世界を、仙台の団地を舞台に描いた群像劇とでも言うのでしょうか。5年前のパニック状態がすっかり沈静化し、その時を迎えるまでの「小康状態」を保っている世界という設定がいいんですよね。謝辞のところで著者も書いているように、実際には「8年も前に衝突を宣言することは難しい」そうですが、いいじゃないですか。それでこれほどハートを揺さぶられる物語ができるのなら。

 8つの短篇からなっているのですが、ひとつひとつがとても心に残ります。なかでも好きなのは、ずっと子どもができなかった夫婦が、あと3年で地球が終わるというときになって妊娠したかもしれないという話になって、生むべきか生まざるべきかで悩む「太陽のシール」と、5年前の騒ぎのときも黙々とジムでトレーニングに励んでいたキックボクサーを描いた「鋼鉄のウール」。とくに後者でボクサーが言う「あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」という言葉にはぐっと来ました。わたしもこう言えるだけの人になりたいです。

■書誌情報
『終末のフール』伊坂幸太郎/集英社(2006.03.30発行)

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猫島ハウスの騒動

猫島ハウスの騒動 猫がいっぱい出てくるというから、ついつい買ってしまったのですが、思いっきりコージー・ミステリしてて楽しかったです。

 神奈川県の葉崎半島の先にぽつんとある砂渡(さわたり)島、通称猫島は一周500メートルほどの小さな島。30人ほどの人間と100匹以上の猫が暮らし、数年前から猫の楽園として名を馳せている。そんな猫島で、猫とナイフ事件だとか、海に人間が降ってくる事件といった珍事件が起こり、島はてんやわんやの大騒動……。

 猫アレルギーの刑事やら、あんまりやる気のないすっとぼけた巡査やら、危ないくらいにサバサバした性格のロマンス小説翻訳家やら、登場人物ひとりひとりが個性的でとにかく楽しいお話です。でもドタバタではなくて、そのへんのさじ加減がいいですね。猫の使い方も変に現実離れしていなくていい感じです。

 カバーの「著者の言葉」によると、登場する猫のうち8割方の名前は、小説や映画に出てくる猫からとったそうですが、えー、猫好きではあっても猫バカ、猫マニアでないわたしにはほとんどわかりませんでした。猫クレイジーな方、あとでこっそり教えてください。

■書誌情報
『猫島ハウスの騒動』若竹七海/カッパ・ノベルス(2006.07.25発行)

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少女七竈と七人の可愛そうな大人

少女七竈と七人の可愛そうな大人 これ、なんかすごく不思議な小説ですねえ。桜庭一樹(女性です)の作品は、『少女には向かない職業』しか読んでいないので、これがこの作家のなかでどういう位置を占めるのかはわかりませんが、不思議な世界にずるずると引きこまれてしまいました。

 平凡で白っぽい丸のような優奈は、25歳の誕生日から数日たったある日、「辻斬りのように男遊びがしたいな」と思い、1カ月に7人の男と関係を持った。それから十月十日(とつきとおか)後、娘が生まれた。娘は七竈(ななかまど)と名づけられた――。

 遺憾ながら美しく生まれてしまった七竈と、同じく異形なほど美しい少年雪風の物語が、優奈、七竈、雪風、雪風の母、犬のビショップ(!)の視点でかわるがわる語られます。北国の小さな町の閉塞感や、異様なほど美しいゆえの孤独感がひしひしと伝わってきます。と同時に、現代の話で登場人物が携帯電話を持っていたりするのに、時代がはっきりわからない、非現実的なところもあるという不思議な小説です。言葉遣いもありえないーってほど古めかしいんですが、全然違和感がありません。“かんばせ”なんて言葉、いまどきの小説で出会うなんて思ってもいませんでした。 

■書誌情報
『少女七竈と七人の可愛そうな大人』桜庭一樹/角川書店(2006.06.30発行)

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砂漠

砂漠 仙台の国立大学(と言ったらあそこじゃないですかー)で出会った5人の男女。飄々と要領よく生きているような鳥井、正論を振りかざし、うざいくらいに理屈っぽい西嶋、無愛想な美人の東堂、麻雀が異様に強くて、不思議な能力を持つ南、そして高みから全体を見おろしているような鳥瞰型の主人公北村。コンパに麻雀にボーリングにと、ごくごくありふれた学生生活を描きながら、そこにちょっと現実離れしたような事件が挿入されていて、まったくだれることがありません。学生時代はよかったねという、ノスタルジックなだけの話にしていないのもマル。

 この本の魅力はなんといっても、5人のキャラがしっかりしていること。ちなみにわたしのお気に入りは、理屈っぽい西嶋くん。新入生のコンパでいきなり、「だいたいね、世界のあちこちで戦争が起きてるっていうのにね、俺たちは何やってるんですか。平和の話をしてるんですよ、俺は。呆れててどうするんですか」なんて演説をはじめるし、ジョー・ストラマーとジョーイ・ラモーンが死んだ話になったかと思うと、「あのパンクロッカーの二人がいなくなって、もう、世の中はどうなっちゃうんですか。俺たちが立ち上がるしかないでしょう? 学生の俺たちが。パンクロックの精神はね、馬鹿な学生が引き継ぐしかないでしょう」と言い出し、まわりはドン引き。そうだよねー、いまの時代、まじめに語るなんてかっこ悪いことなわけだし。わたしだって学生のときなら、ちょっと距離をおきたくなるようなタイプだけど、これだけトシをとってくると、がんばれよって声をかけたくなっちゃうんですよね。(^^;) で、西嶋がいくら力説しようともまわりは「そうだよねー」とはならず、西嶋はいつまでもうざいやつとして正論をぶちつづけるところが、またいいんですよねえ。

■書誌情報
『砂漠』伊坂幸太郎/実業之日本社(2005.12.15)

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うらなり

うらなり あの夏目漱石の『坊っちゃん』をべつの角度から描いた小説があるよと聞き、おもしろそうだと思って読んでみました。タイトルからわかるとおり、登場人物のなかでいちばん影が薄く、顔色が悪いせいで坊っちゃんから“うらなり”と渾名されてしまった英語教師の古賀が語り手になっています。

『坊っちゃん』のエピソードをべつの視点から語る話を読みながら、まるで『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』みたいと思ったんですが、本作のあとの「創作ノート」を読むと、作者もやっぱりご存知だったんですね……って、あたし程度の人間が知ってるんだから当然か。

 もちろん、『坊っちゃん』の裏返し話だけで構成されているわけではありません。延岡に赴任させられたあとのうらなりがどんな生活を送ったのかも描かれているし、さらには山嵐こと堀田と東京で再会して、例の卵事件について聞かされる場面なんかもあったりして、とても楽しく読めました。もちろん、マドンナのその後についても書かれています。

 ところで、「創作ノート」を読んでいまさらながら知ったのですが、『坊っちゃん』のなかでうらなりが出てくる場面ってほとんどなかったんですね。(^^;) 道理で影が薄いはずです。

 夏目漱石は高校時代にというか、受験対策で(^^;)新潮文庫から出ていたものはほぼすべて読んでいます。でも、『坊っちゃん』はそんなにおもしろいとは思わなかったんですよね。忘れていることもいっぱいあったので、読み直してみようかな。そのほうがこの本のおもしろさがいっそうわかるような気がするし。

■書誌情報
『うらなり』小林信彦/文藝春秋(2006.06.25)

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夏期限定トロピカルパフェ事件

夏期限定トロピカルパフェ事件 帯の“緊張の夏、小市民の夏”に思わず笑っちゃいました。小市民として平穏な日々を過ごすことをめざす高校生、小鳩くんと小佐内さんのシリーズ第2弾です。

 高校2年の夏休み、甘いもの好きの小佐内さんに頼みこまれ、〈小佐内スイーツセレクション・夏〉と題したスイーツ・コンプリート計画につき合うはめになった小鳩くん。しかしこの計画には意外な裏があって……。

 い、意外すぎる……この結末。小佐内さん、怖すぎます。コテコテの小市民のわたしとしては、絶対に許せないなあ。と同時に、恋人でもない、友人でもない、互恵関係にあるふたりのこれからが気になります。これで終わっちゃってもおかしくない展開ですが、なんと、すでに『秋期限定マロングラッセ事件(仮)』も出るという話が……。

 それにしても、このシリーズを読むと、甘いものが食べたくなるのが困りもの。だもんで、きのう、ついふらふらとスーパーの帰りにケーキ屋に寄って、マンゴーのムースを買ってしまいました……が、あまりおいしくなかったです。このお店、前にガトー・ショコラを買ったときも味がいまいちだったんですが、手作りなのに、どうしてこんなにおいしくなくできるんでしょう? 悔しいので、そのうちどこかにリベンジに行かなくては。

■書誌情報
『夏期限定トロピカルパフェ事件』米澤穂信/創元推理文庫(2006.04.14発行)

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女たちは二度遊ぶ

女たちは二度遊ぶ これは雑誌に掲載された11の短篇をまとめたもので、どれも男性が過去に出会った、記憶に残る女性について語るという形をとっています。そこで語られる女性は、一緒に暮らした女性や恋人のこともあるけれど、職場の先輩だったり、中学の同級生だったり、降りる駅が同じだけの人だったりといろいろ。どれも10ページ前後の、本当に短いものばかりで、文のリズムもよく、ホントに気持ちよくするするーっと読めてしまいます。いっぺんに全部読まないで、枕元において少しずつ読むのがいいのかもしれません。

 どれも切り取り方がうまくて、たいして情報を詰めこんでいるわけじゃないのに、ひとつひとつの作品が立っている感じ。それにはっとするような文や台詞もあちこちにあって、そういうのもよかった。べつに奥が深いとか考えさせられるというのではないんだけどね。あくまでさらっと読むためのものなのかも。そう考えると、はじめて読む作家の本がこれでよかったのかなーという気がしないでもありません。ただ、これまでの長篇のあらすじを読むと、なんかテレビの恋愛ドラマみたいな話が多いみたいなんですけど……。そういうのは苦手だな~。

■書誌情報
『女たちは二度遊ぶ』吉田修一/角川書店(2006.03.31発行)

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インディゴの夜 チョコレートビースト

インディゴの夜 チョコレートビースト 前作の『インディゴの夜』が気に入ったので、その続編も読んでみました。クラブみたいなノリのホスト・クラブ〈club indigo〉のオーナーが、店のホストとともに探偵団よろしく夜の東京を駆けまわるシリーズの第2弾です。今回も、連続ホスト襲撃事件やホスト・コンテストをめぐる陰謀など4つの謎に挑みます。

 いちばん気になったのはやはり、3篇目の表題作「チョコレートビースト」。なんたってタイトルに“チョコレート”の文字ですからね、お客さん。“チョコレートハウンド”としては当然期待するじゃないですか……って何を?(^^;) “チョコレートビースト”とはなにかは、まあ読んでのお楽しみということで。少なくとも、読んでチョコが食べた~いとはならないのはまちがいありません。

 あいかわらず、スタイリッシュでテンポはいいし、ホストのキャラも立っているしで、読んでいて楽しいけど、個人的には中華ダイニング・バーのなぎさママ(戸籍上は男)をもっと活躍させてほしいです。ちょっと物足りなかったな~。
 
■書誌情報
『インディゴの夜 チョコレートビースト』加藤実秋/東京創元社(2006.04.20発行)

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吾輩はシャーロック・ホームズである

吾輩はシャーロック・ホームズである タイトルから想像がつくと思いますが、ホームズもののパスティーシュです。しかも“吾輩は○○である”とくれば、そう、あの夏目漱石が登場するんです。なんて書くとなんだかバカミスみたいだけど、いや、たしかにバカミスっぽいんだけど、ボーア戦争や植民地の話がからんだりして、けっこう深かったりもします。

 夏目漱石がイギリス留学中に神経衰弱にかかったとか、そんな話を高校生のころに聞いたおぼえがあるんですが、この小説の漱石は、自分がシャーロック・ホームズと思いこんでいるという設定。ちょうどホームズはスコットランドでの仕事で不在。というわけで、漱石がワトソン博士とともに、密室での霊媒師殺害事件にいどむのですが、さて、彼はホームズのごとくみごと真相に到達できるのか?

 なりきりホームズの漱石がおかしくて、このままユーモア系でいくのかと思いきや、後半から歴史的要素がからんできて、ユーモアがトーンダウンしてしまうのが残念ですが、とにかく気軽に楽しめる1冊。

■書誌情報
『吾輩はシャーロック・ホームズである』柳広司/小学館(2005.12.10発行)

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トーキョー・プリズン

トーキョー・プリズン はじめて読んだ作家なのですが、おもしろかった~。

 舞台は太平洋戦争が終わって間もない東京。ニュージーランド人の私立探偵フェアフィールドがスガモ・プリズンを訪れる。戦争中に行方不明になった人物を探すため、戦犯の証言記録を調べるのが目的だ。プリズンの副所長ジョンソン中佐は、調査を認めるのと引き替えに、ある依頼を持ちかける。くわしい事情は割愛するけど、とにかくフェアフィールドは、戦犯として拘置されているキジマという陸軍将校とともに、プリズン内で起こった薬物死事件の真相解明に乗り出す。

 フェアフィールドが関係者からの聞き込みと調べものをし、独房で手錠につながれているキジマはホームズばりの推理力を発揮するというパターンに、最初は、安楽椅子探偵とその弟子で謎を解いていく話かと思ったんですよ。最初の事件は密室だしね。でもね、この物語にはもうひとつの謎があります。捕虜収容所所長だったキジマには、捕虜に対する虐待容疑がかかっていて、その内容からすればまず死刑はまぬがれない。ところが彼は戦争中の記憶を失っている。彼は本当に悪魔のような人物だったのか。その記憶の回復も大きな読みどころとなっています。

 とてもおもしろかったので、ほかの作品も追っかけてみたいです。

■書誌情報
『トーキョー・プリズン』柳広司/角川書店(2006.03.31発行)

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東京バンドワゴン

東京バンドワゴン“東京バンドワゴン”なんてずいぶん変わったタイトルだなあ……と思わず手にとってしまいました。いったいなんのことかと思ったら、舞台となる古本屋の店名なんですって。それも明治18年創業の老舗。

 でこの本は、その〈東京バンドワゴン〉を営む堀田家のあれこれを、ほのぼのとしたホームドラマのタッチで描いています。いまどき、東京の下町とはいえ、4世代8人が同居しているなんてなかなかないでしょうけど、これがなんともあたたかみがあって読んでいて楽しいんです。ご近所とのおつきあいも、ひと昔前にタイムスリップしたような感じ。だけど、そんな下町の人間模様を描いただけの人情話じゃなくて、ミステリでもあるんです。もちろん人が死んだりはしないし、そんな大げさな謎じゃないので、さらっと読めます。

 8人それぞれが個性あふれていますが、いちばん強烈なのは3代目店主のひとり息子の我南人(がなと)。本来なら4代目店主のはずですが、そこそこ名の通ったロック・ミュージシャンの彼は、家業を継ぐ気などさらさらなく、いつもふらっとどこかへ消えては、またふらっとあらわれるという根無し草。60歳にして金髪だし。彼の脱力ものの台詞にご注目。

■書誌情報
『東京バンドワゴン』小路幸也/集英社(2006.04.30発行)

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ママの狙撃銃

ママの狙撃銃 ピンクの地に、エプロン姿の女性がライフルをかまえているイラストという表紙に、ユーモア系の楽しいお話かと思って手に取ったのですが、読んでびっくり。ハードボイルドしてるじゃないですか! 主人公の女性は、めちゃくちゃすご腕のスナイパーだし。といっても、荻原浩らしく、軽いし、えー、うそーってな話ではあるんですが。

 福田曜子は41歳。うだつはあがらないけどやさしいサラリーマンの夫、中1の娘、幼稚園児の息子と郊外の一戸建てに住む平凡な主婦……のはずが実は奥様は魔女(^^;)……じゃなくて銃の達人。幼くして母を亡くした曜子は、アメリカ人の祖父に引き取られ、祖父が病気で亡くなるまでオクラホマの農場で暮らしていたが、そこで祖父から銃の手ほどきを受けていた。単に標的に弾をあてるだけでなく、ばらばらに分解した銃を10分弱で組み立てることもできる。実は祖父の仕事は殺し屋で、曜子も一度だけ祖父のかわりに仕事を受けたことがあった。それっきりにするはずだった。しかし、25年後、1本の電話がかかってくる。仕事を依頼する電話が……。

 ごくふつうの家庭の主婦である曜子とスナイパーの曜子とがひとつの物語におさまっているのが、すごく不思議。荒唐無稽な話なのに、妙に引きこまれてしまうんですよね。銃を野菜のなかに隠したりとか、そういうところがリアルなんだけどおかしい。ハードボイルドでもない、かといってのほほんとしたホームドラマでもない。これはもう、設定の勝利でしょう。とはいえ、最後はその設定ゆえに破綻しちゃったかなという感じなんですが。

 25年も撃ってないのに銃の腕が落ちてないなんてことがあるかしらん、とは思うけど、まあ、そこはそれ。あまり細かいことを言わずに楽しんだほうがいいかと。

■書誌情報
『ママの狙撃銃』荻原浩/双葉社(2006.03.25発行)

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4TEEN

4TEEN 偶然にも、またまた4人組が主人公のお話を手にとってしまいました。といっても、今度の主人公は月島の公立中学に通う14歳の少年4人です。

 身体の大きなダイ、秀才のジュン、早期老化症のナオト、そしてごくごく普通のぼく、テツローの4人が、日常のいろんな出来事をとおして成長していく模様が描かれています。なんていうと、なんだか手あかのついたくさい青春物語かと思われちゃうかもしれないけど、石田衣良が書くとひと味もふた味もちがう、というか全然ちがう。

『池袋ウエストゲート・パーク』もそうなんだけど、青春ストーリーとしてのさわやかでみずみずしいテイストを保ちつつ、4人が直面する問題はけっこう重いんですよね。たとえば、死期が近いことを悟り、死に場所を求めて病院を抜け出した男性との出逢いを描いた「大華火の夜に」は、ふつうの中学生が抱えるにはあまりに重い、“人はいかに死すべきか”みたいなテーマが扱われているけど、4人はいろいろ悩みながらも、その時点でベストと思う選択をする。そういう、問題のひとつひとつに真正面からぶつかっていく一生懸命な姿がいいんですよねえ。

■書誌情報
『4TEEN』石田衣良/新潮文庫(2005.12.01発行)
 *2003年5月に刊行された単行本の文庫化

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陽気なギャングの日常と襲撃

陽気なギャングの日常と襲撃 史上最強の天才ギャング団を描いた『陽気なギャングが地球を回す』の続編。ついに出ましたー……って、しばらく前に届いていたのになかなか読めなくて。

 人間嘘発見器の異名を取る成瀬、演説の達人の響野、正確な体内時計を持つ雪子、天才的なスリの久遠からなるギャング団が、ひょんなことから社長令嬢誘拐事件に巻きこまれるという話なんですが、やっぱりおもしろいわー。オチもしっかり決まってるしね。で、プロットがいいのはもちろんだけど、なんといっても会話がいいの。4人のキャラがよく作り込まれていて、そこでポンポンとかわされる会話が生き生きしていておかしくて。こんな陽気でスタイリッシュなギャングなら遭遇してみたいかも。

 でも、『陽気なギャングが地球を回す』の映画のほうの宣伝を何度か見ちゃったせいか、読んでいて佐藤浩市とか鈴木京香の顔が浮かんで困りました。(^^;) うーん、映画はたぶん見ないだろうなあ。伊坂幸太郎が書く陽気なギャングの話は好きだけど、映像で見たいとは思わないんですよねえ。

■書誌情報
『陽気なギャングの日常と襲撃』伊坂幸太郎/NON・NOVEL(2006.05.20発行)

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町長選挙

町長選挙 直木賞を受賞した『空中ブランコ』の続編で、トンデモ精神科医の伊良部のシリーズ第3弾です。いや~ん、あいかわらず爆走してますね。

 人気プロ野球球団のオーナー、若きIT長者、いまノリにのってる子持ち女優と、今回の患者は特定の誰かを彷彿とさせる人ばかり。社会をにぎわせたあの話題だの、その話題だのを思い出して、思わず笑ってしまいます。

 で、この人たちが、閉所恐怖症になったり、ひらがなが書けなくなったり、歳をとる恐怖に取り憑かれたりして伊良部の診察室を訪れるわけですが、この伊良部センセ、大病院の御曹司で医学博士ということになっているのだけど、30代半ばとはとても思えない幼稚なリアクションをするし、診察らしい診察なんかしないで注射1本打つだけ。藪医者と名医は紙一重なんでしょうか。肉感的ボディを超ミニの白衣に包んで注射を打つ看護師、マユミちゃんにも注目。

 そだ、表題作はほかの3作とはちょいとテイストがちがっていて、伊良部センセが2カ月赴任することになった離島の町長選挙に巻きこまれるという話です。田舎町に住んでいるあたしとしては身につまされました。ここまですごくないですよ、もちろん。(^^;)

 未読の方は1作目の『イン・ザ・プール』からどうぞ。ちょうど文庫にもなったしね。

■書誌情報
『町長選挙』奥田英朗/文藝春秋(2006.04.15発行)

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愚行録

愚行録 著者がみずからのサイトで“今回は最悪の読後感を残す話を目指しました”と言うだけあって、ええ、なかなかに読後感が悪くておもしろかったです。装幀も細かく指定したというくらいの入れ込みようも、この内容なら納得。誰にでも気軽にお薦めできる本ではないけど、桐野夏生のいや~な感じが好きな人なら大丈夫かと。

 ある事件を追いかけているルポライターらしき人物によるインタビューと、妹が兄に語りかける場面が交互に綴られていて、全編が話し言葉で構成されています。いわゆる地の文による状況説明はないのですが、どんな事件だったのか、被害者はどんな人だったのかがしだいにくっきりと見えてきます。その語りのうまさについつい引きこまれてしまったのですが、最後の最後がすごいです。すごいというか、表紙と同じで黒いんです。そんなオチつけていいのかと思うけど、わたしはけっこう好き。(^^;)←ヘン? 

 慶応大学を出た人に感想を聞いてみたいです。ホントにそうなの?(すみません、意味不明で)

■書誌情報
『愚行録』貫井徳郎/東京創元社(2006.03.30発行)

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ゆりかごで眠れ

ゆりかごで眠れ このノリ、いいなあ。垣根涼介の1年ぶりの新刊は、シリアスでダイナミックで、それでいてラテンのノリに満ちたクライム・ノヴェルでした。

 話の骨格は単純で、警察に逮捕されたコロンビア・マフィアのメンバーのために、新宿を舞台に大がかりな救出劇が繰り広げられるというもの。そこに、マフィア同士の抗争、コカイン漬けになりながらも事件の捜査にのめりこむ刑事、この世での居場所を求めてさまよう元刑事の女などがからみ、とても重厚で読み応えのある物語にしあがっています。

 三人称多視点で描かれていますが、主人公となるのはコロンビア・マフィアのひとつを率いる、コロンビア生まれの日本人、リキ・コバヤシ・ガルシア。無政府状態だったコロンビアで日系移民の2世として生まれ、7歳のときに両親をゲリラに殺され、育ての母をも暴力的に奪われるという悲惨な体験をへたリキは、物心ついたときから憎しみという檻のなかに入っている。なにも信用せず、心の奥で常に憎悪の炎を燃やしている。日本ではなく、コロンビアという土地だからこそ、そのキャラクターにも説得力があります。彼がどれだけ残虐な行為に手を染めようと、そうするしか生きるすべがないのだと納得もできる。

 逆に、居場所を求めてさまようという設定の元女刑事は邪魔だったなあ。(^^;) もちろん、彼女はストーリーのつなぎ役として大事な役割を持っているのですが、なにもリキと共鳴させなくてもねえ。この2人に通じ合うものがあるとは思えませんでした。

 日本では銃撃戦というと、どうしても暴力団がらみの話になってしまうし、最近だと中国系マフィアがかかわってくる話も多いですが、コロンビア・マフィアを使うというのが新鮮。どんなに残酷なことをしても、ラテンのノリのせいか、どこか許せてしまう。また、救出劇で使う火器類の規模も半端じゃなくて、すごく派手です。ダイナミックな話が好きな人にはおすすめです。

「仕返しをしようなんて思わないことだ。人を恨んじゃいけない。自分の心を檻に入れちゃいけない。憎しみはね、檻だよ。いったんその檻に入ってしまったら、終わりだ。どんなに正しい生き方をしようが、どんなに真面目に働こうが、心に憎しみを飼っている人間を、神様は明るく照らしてはくれない。一生、灰色の壁の中で息をすることになる。抜け出せなくなる」

 リキの育ての母が死の淵をさまよいながらリキを諭す言葉にはじんときました。なのに……。

■書誌情報
『ゆりかごで眠れ』垣根涼介/中央公論新社(2006.04.10発行)

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深淵のガランス

深淵のガランス べつだん、芸術にくわしいわけでもなんでもないけど、美術品や骨董の世界を描いた話って読んでいてわくわくします。鑑定の蘊蓄だとか、贋作の話だとか、数奇な運命をたどったいわくつきの美術品の話だとか、そういうのが好きなんですね、きっと。で、北森鴻の新刊『深淵のガランス』は、絵画修復師が1枚の絵にこめられた謎を解き明かすという、まさにわたし好みのお話が2篇おさめられています。

 主人公の佐月恭壱は銀座の花師として活躍するかたわら、絵画修復の仕事も手がけている。そんな彼のもとに、大正末期に活躍した日本人画家の絵のウォッシングと補修の話が持ちこまれた。依頼されたなかの1枚に恭壱の興味は惹きつけられる。なぜならその絵の下には――というのが、表題作の「深淵のガランス」。もう1篇の「血色夢」は東北の私有地で発見された壁画修復と、分割された某画伯の絵画をめぐる謎を描いたもの。

 修復作業のぴんと張りつめた雰囲気、名画の持つ圧倒的な力などがひしひしと伝わってきて、のめりこむように読んでしまいました。この人の文章って不思議な魅力がありますね。主人公は若いけど腕はたしかで、それに裏打ちされた矜持と気概を持つ職人肌という設定なんだけど、ちょっとキャラが弱いような……。いや、宇佐見陶子や蓮丈那智なんかとくらべちゃうからいけないのか。

■書誌情報
『深淵のガランス』北森鴻/文藝春秋(2006.03.31発行)

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インディゴの夜

インディゴの夜 1年前、表紙につられてなんとなく手にとったものの、裏表紙の“ホストクラブを舞台にしたミステリ”という説明に棚に戻しちゃったんですが、続編が出るほど人気があると知って読んでみました。これ、おもしろいわ。もっとはやく読めばよかった。

 主人公はフリーライターの高原晶。晶と書いて“あきら”と読むけど、男性ではなく女性。雑誌や企業のPR誌など幅広く仕事をしてきたが、ここ最近は健康関係の実用書の仕事が多い。そんな彼女にはもうひとつの顔がある。知り合いの編集者と共同で、渋谷のホストクラブ、〈indigo〉を経営しているのだ。いわゆる王道系のホストクラブとはちがい、“クラブみたいなハコで、DJやダンサーみたいな男の子が接客してくれる”のがウリのこの店、晶の予想以上に人気を呼び、すでに2号店を出す計画まであるほどだ。
『インディゴの夜』は、そんなホストクラブ〈indigo〉の関係者が事件に巻きこまれ、晶がその解決に乗り出すというパターンの短篇(というか中篇に近いかも)が4篇おさめられています。

 創元推理短篇賞を受賞したという表題作は、設定といい、登場人物といい、とても新鮮でおもしろく読めたけど、ここに仕掛けをしているなというのがすぐにわかっちゃいました。だから、犯人あてにも意外性はなくて、その分だけ減点かな。(^^;) でも、トータルではとてもよくできていると思いました。読後感がいいのもぐっど。

 渋谷にたむろする若い子がいっぱい出てくるけど、30代半ばの晶に1人称で語らせているせいか、軽薄な感じは微塵もありません。へんに肩肘張っているわけじゃないけどなよなよともしてなくて、ウィットに富んだ晶の語り口が絶妙です。知らず知らずのうちに物語に引きこまれてしまいました。それから、中華ダイニング・バーのなぎさママ(戸籍はしっかり男性だけど)の強烈なキャラクターは最高です。続編も楽しみだわん。

■書誌情報
『インディゴの夜』加藤実秋/東京創元社(2005.02.28発行)

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チーム・バチスタの栄光

チーム・バチスタの栄光 去年の〈このミステリーがすごい!〉大賞というコンテストで、大賞をとった作品だそうです。おもしろいという話は聞いていたのですが、いや~、ホントにこれ、おもしろいわ。

 バチスタ手術という言葉、まえにどこかで聞いたような気がするのですが、これを読むまですっかり忘れていました。重い拡張型心筋症患者を心臓移植以外の方法で助ける画期的な方法で、バチスタというのは考案者のブラジル人医師の名前なんだそうです。ちゃんとした説明はwebで検索してもらうとして、要は肥大した心臓の余分なところを切り取って小さくしちゃえというあまりに単純な方法だけど、成功率は6割とひじょうに高リスク。

 前置きが長くなっちゃったけど、この本はそんなバチスタ手術中に起こった術死をめぐるミステリです。主人公は地方の大学病院に勤める田口医師。医者なのに血を見るのがきらいで、手術から逃げまくった結果、いまは不定愁訴外来で患者さんの愚痴を聞く毎日。

 そんな彼が病院長に呼び出され、ある調査を依頼される。この病院にはアメリカ帰りの心臓移植の権威、桐生医師ら7人による“チーム・バチスタ”なるバチスタ手術の専門チームがある。これまで成功率100パーセントを誇ってきたチーム・バチスタだが、ここ3例で術死が相次いだ。ひじょうに難度の高い手術なのだから、たまたま偶然が重なったと見ることもできるが、病院長もチームリーダーである桐生もなにかがおかしいと感じている。そこで極秘裏に田口に動いてほしいというのだ。3例はたまたま助からなかった命なのか、それとも医療ミスなのか、はたまた……?

 3分の1くらいを読んだ時点では、『白い巨塔』とかそんな感じの、硬派なサスペンスになるのかと思っていたのですが、2部でいきなり強烈なキャラクターを持った人物が登場し、そこから一気におもしろくなりました。いちおう国家公務員というこの人物、あまりのすごさにまわりは呆然、読んでるこっちは1ページに1回、げらげら笑わせられちゃうんですよ。といってもユーモア小説というわけじゃなく、ミステリとしてもしっかりできています。真相はそれほど意外じゃないけど、それまでのあれこれがスリリングでおもしろいから、全然気になりませんでした。

 著者は現職の勤務医だそうで、手術の場面などさすがにリアルで、用語などいろいろ勉強になります。それに、病院のかかえる問題など、わたしたちは外からしか見ていないけど、内側からの視点がおもしろかったな。

■書誌情報
『チーム・バチスタの栄光』海堂尊/宝島社(2006.02.04)

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春期限定いちごタルト事件

春期限定いちごタルト事件 いちごの季節になったら読もうと大事に大事にとっておいたら、いつの間にか未読本の山に埋もれてしまい、先日ようやく発掘してきました。お菓子がタイトルというだけでもわくわくしちゃいますが、なんたって限定ですからね、お客さん。←誰に向かって言ってるんだ?

 同じ中学を出て同じ高校に進んだ小鳩くんと小左内さん。ふたりには高校進学にあたってある決意があった。それは過去の自分たちを捨て、目立たない小市民となること、すなわち“逆高校デビュー”だ。しかし、そんなふたりの思惑とはうらはらに、入学早々事件が起こる。同じ1年生の女子のポシェットがなくなり、小鳩くんはその解決に一肌脱がざるをえない状況に……

 ふたりが捨てたい過去がなにかは、読んでいくうちにぼんやりとわかってきます。過去ったって、15年しか生きていない高校生の過去ですけどね。(^^;) 具体的になにが引き金になったのかくわしくは語られず、そこがちょっともどかしいのですが、ミステリ・テイストの軽快でコミカルな青春小説として読むのがマルかと。ミステリなのでいちおう謎は出てきますが、おいしいココアの入れ方の謎や、美術部の先輩が残した絵の謎といった、高校生の身のまわりのささやかな謎ばかり。いちごタルトにも毒は仕込まれていないのでご安心を。

 小左内さんの唯一の楽しみ、甘いものを食べるシーンはスイーツ好きには危険です。いちごタルト、食べた~い。 

 もうすぐ『夏期限定トロピカルパフェ事件』も発売になるとか。このタイトルだけで、トロピカル・フルーツ好きなあたしはしっかり起動しちゃいました。

■書誌情報
『春期限定いちごタルト事件』米澤穂信/創元推理文庫(2004.12.24発行)

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魔女の笑窪

魔女の笑窪 男性作家に女が描けないとは思わないし、女性作家に男が描けないとも思ってないけど、う~ん、これはいまひとつでした。裏社会に生きる元娼婦を主人公にしたハードボイルドなのですが、自分を守るためなら平然と人を殺せる女性を主人公にするわけですから、それなりのキャラクターを作ってほしかったですね。

 とはいえ、話はとてもおもしろいと思うんですよ。とくに最初のほうはすごく引き込まれました。主人公がひた隠しにしている過去とはなんなのか、彼女が脱出してきた“島”とはどんなところなのか。だけど同じ話を、たとえば桐野夏生なんかが書いたら、もっとドロドロしたおもしろいものになったんじゃないかという気がします。女性を主人公にした必然性がほしかったなあ。

 ところでこれは〈オール讀物〉に連載されていたものをまとめたものだそうですが、定期連載じゃないんですね。もしかしたら、こういうキャラでこういう話を作ろうと、はっきりとしたものがあって書いたのではないのかもしれませんねえ。

■書誌情報
『魔女の笑窪』大沢在昌/文藝春秋(2006.01.15)

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波のうえの魔術師

波のうえの魔術師 手に取ったとき、このタイトルはどういう意味なんだろう、ひょっとしてファンタジーっぽい話? と思ったら見事にはずれ。なるほど、そういう意味の“波”だったんですね。

〈池袋ウエストゲート・パーク〉のシリーズとテイストは同じで、世相を鋭く切り取りながらも、暗くなくてさわやかな後味が残る1冊。大学を出たものの職のない若い主人公が、謎の老投資家が仕掛ける大手銀行に対する復讐計画に一枚噛むという話なんだけど、復讐ものにありがちなウェットなにおいとか説教くさい感じはほとんどなし。ふと気がつくと、「がんばれ、がんばれ」と主人公たちを応援している自分がいました。“風説の流布”なんていう、最近、新聞やテレビをにぎわせた例の事件で憶えた言葉も出てきたりして、いま読むとすごくタイムリーかも。
 
 わたし自身は株でお金を儲けようなんて考えたこともないけど、べつにそれは、額に汗して働くことが本当の仕事だと思っているわけではないし、クリックひとつで多額のお金を動かすことに嫌悪感を感じているわけでもありません。単に、そういうことに興味がないだけの話なんだけど、これを読むと、なんだかおもしろそうだぞ、株を持つと世の中をちがった目で見られるかも……と思えてくるから不思議です。いえ、手は出しませんよ、出しませんてば。でも、レッズの株が買えるなら考えないでもない……かな?

■書誌情報
『波のうえの魔術師』石田衣良/文春文庫(2003.09.10発行)
 ※2001年8月に刊行された単行本の文庫化

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ガール

ガール 寝る前の短い時間にするすると読めてしまいました。あいかわらずおもしろいー!

 若くして管理職に抜擢されたものの年上の男性部下をかかえることになった聖子、親友に触発され、マンションを買おうと決意するゆかり、シングルマザーで営業部に異動を願い出た孝子などなど、30代のどこにでもいるような独身女性会社員を主人公にした、5つの短篇がおさめられています。

 どの女性も男社会のなかでもがき、30代という微妙な年齢に悩んだりするのですが、へんにいじいじしていなくて、カラッとしているのがいいですね。実際にはこんなうまくいかないよ、との声もあるかもしれませんが、いいじゃないですか、小説なんだから。おし、わたしもがんばろうと元気になれます。

 わたしはここに出てくるような会社に勤めたことがなくて、男ばかりの現場仕事がほとんどだったから、読んでいて、なんかうらやましくなってしまいました。同期で呑み会とか、女子社員同士であれこれおしゃべりとかっていう経験がないんですよね。おかげで勤め人時代の友人は男性ばかりです。それに、外部の人との接触もほとんどなかったから、交渉とか駆け引きとかプレゼンとか、そういう能力がまったく身についていません。職場環境は悪くはなかったとはいえ、これを読んで、なんだかちょっとさびしい気持ちになりました。

■書誌情報
『ガール』奥田英朗/講談社(2006.01.20発行)

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東京飄然

東京飄然『告白』があまりにおもしろかったので、もう少し読みたくなって、思わず手にとったのがこれ。《婦人公論》に連載されていたエッセイをまとめたものだそうです。飄然としてみたくて、都内をあてもなく歩いてみたり、江ノ島まで一泊旅行に出てみたり、美術館に行ったりと、あれこれ奮闘した話をまとめたものです。でも、奮闘すること自体、飄然という言葉とはかけ離れていますよねえ。

 読んでいるうちに、なんとなく夏目漱石を連想しました。とくに、年下の友人と江ノ島に旅行に出かけたときのやりとりなどは、漱石の小説を読んでいるような気分にさせられます。たとえば、鶴岡八幡宮の参道をそぞろ歩く人々を眺めながら、こんな会話をかわします。

「彼らは飄然と歩いていると思うか」
「ええ、そうですね。目的を定めずそぞろ歩いている訳ですから一定程度飄然と歩いているのではないでしょうか」
「それが違うのだ」
「違いますか」
「うん。違う」
「どこが違うのでしょう」
「つまりね、彼らは飄然と歩いているというよりはただ漫然と歩いているに過ぎないんだ。その段、やはり僕らはもっと飄然としなければいかんと思うね」
「はあ」
「じゃあ、その辺に気をつけて少し飄然としようか」


 もちろん、漱石っぽくないオチなんかもあるんですけど、なんか雰囲気が似ているなあと思いながら読み進んでいくと、うしろのほうで、「夏目漱石」という項目がありました。あ、やっぱり。で、漱石の作品に漂う超俗的、高踏的態度を見習おうとするのですが、そこから先がまたおかしい。どうおかしいかは読んでのお楽しみということで。

 それにしても、この人はいつも、こんなふうに思弁しながら歩いているのかしら。あ、ってことは、『告白』の熊太郎って、実は町田本人のことなのかも。

■書誌情報
『東京飄然』町田康/中央公論新社(2005.10.25発行)

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十八の夏

十八の夏 朝顔、金木犀、ヘリオトロープ、夾竹桃。花をモチーフとした4つの物語がおさめられています。どこかなつかしいような、読んでいて胸が締めつけられるような、せつなくて、心にじんとくるお話ばかりでした。

 掲題作は第55回日本推理作家協会賞(短篇部門)を受賞した作品。といっても、誰かが死んだりする話ではありません。最後まで読んで、あ、こういうのもミステリだなと思える程度。予備校生と年上の女性とを描いた青春小説という形を取りながら、そこに謎を仕掛けてあるんですね。実は途中で、「ひょっとして……」と気づいてしまったのですが、それで興をそがれることはありませんでした。用意されたラストは、せつなくて悲しいけど、希望が持てる前向きなものでとても気に入りました。

 ちなみに、わたしが読んだのは、おととし出た文庫版ですが、アマゾンに画像がないので、単行本にリンクさせました。文庫版へのリンクはこちら

■書誌情報
『十八の夏』光原百合/双葉文庫(2004.06.20発行)
 *単行本は2002年8月に発行。

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アンボス・ムンドス

アンボス・ムンドス タイトルに思わず惹かれて買っちゃいました。1999年から2005年までの短篇7作が収録された作品集です。

 この人の作品の特徴は、女性の醜い部分をこれでもかというほどグロテスクに描くところ。この短篇集でもその、桐野ワールドとも言うべき独特な世界が展開されていて、どれもこれも濃い話ばかり。なかでも、小学校教師だった女性が、職を辞すきっかけとなった事件について回想するという掲題作は圧巻。

 人生で一度だけ思い切ったことをしよう――不倫相手の男に誘われ、周囲には内緒でキューバに旅行に出た女。帰国したふたりを待っていたのは、彼女の教え子が事故死したとの知らせだった。クラスでも嫌われ者だった女子児童の死には不審な点がいくつもあったが、周囲の目は事故そのものよりも、不倫をしていたふたりに向けられる。

 いやあ、そう来ましたか。意外な話の持っていきかたに思わず、ぞっとなりました。でも、そうだよね、女子って、そういうところあるよね、と妙に納得してしまったりもして。

 その他、谷崎潤一郎が佐藤春夫に妻を譲渡した事件(というのかな?)を、娘の視点から描いた「浮島の森」もおもしろい。

■書誌情報
『アンボス・ムンドス』桐野夏生/文藝春秋(2005.10.15発行)

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記憶の食卓

記憶の食卓 ふえ~ん、怖かったよぉ。(;_;) 作者の牧野氏はホラー小説の書き手なのだそうですが、なにしろ、ただでさえ日本の小説家はあまり知らないのに、ましてやホラーなんて守備範囲を大きく超えていますから、これを手に取ったのは一瞬の気の迷いというか、魔が差したというか……。

 有名大学の卒業者名簿、レンタルビデオ店の会員名簿など、種々様々な名簿の売買をおこなう会社に勤める折原亮。彼はある日、持ち込まれた名簿のなかに自分のデータが掲載された名簿があるのを発見する。顔写真、現住所、そして彼がかつて住んだ場所の住所……。日頃は“個人情報が漏れたぐらいどうってことない”と豪語する折原だが、自分の情報が自分の知らないところで流出している事実を目の当たりにして嫌な不安感を覚える。そして名簿に掲載されている14人のうち4人が連続殺人事件の被害者であると知るや、その不安は恐怖へとかわっていき――

 主人公が連続殺人鬼に狙われるというだけの話なら、よくあるサスペンスで終わってしまうけど、さすがホラーの書き手はひねり方がちがいます。人が切り刻まれたりとか、そういう残酷なシーンは平気なわたしですが(それも人間としてどうかと思うけど)、これは残酷な描写はほとんどないのに怖いというか気持ち悪いというか。食べたものが逆流してくるような、そんな不気味さがあります。

 折原が名簿の謎を突きとめようと会社の先輩とあれこれ調べる話と、食べることに嫌悪感をいだく小学生の男の子の話とが交互に出てきて、最初はその接点がまったく見えないのですが、やがて『記憶の食卓』というタイトルの意味が明らかになり、そうだったのかーと膝を打ちました。ラストでは、ほっとしたのもつかの間、最後にうぎゃっとなって、読み終えたときはもうヘロヘロ。おもしろかったけど、もう当分はこういうのは遠慮しておこう。

■書誌情報
『記憶の食卓』牧野修/角川書店(2005.09.30発行)

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電子の星

電子の星 池袋ウエストゲートパークIV いまの池袋を舞台に、いまどきの若者マコトがトラブルシューターよろしく駆けまわるIWGP(池袋ウエストゲートパーク)シリーズの第4弾。

 ネット上での誹謗中傷、違法デリヘル、常軌を逸したSMクラブなど、現代社会の病んだ部分を描いているし、けっしてハッピーエンドでめでたし、めでたしではないにもかかわらず、どこかすがすがしい。この世の中、捨てたもんじゃないよね、と思わせてくれる。その読後感のよさが最大の魅力なんだと思う。マコトの生き生きとした一人称の語りも冴えている。

■書誌情報
『電子の星』石田衣良/文春文庫(2005.09.10発行)
 *単行本は2003年に刊行

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港町食堂

港町食堂 小説のほうも買ってあるのですが、なんとなくこっちの旅行記風エッセイのほうが読みたくて。沖縄から東北まで、野球を観戦してまわった旅の記録『野球の国』や、アテネ・オリンピック観戦記の『泳いで帰れ』などですっかりこの人のエッセイにハマってしまったわたしとしては、読まないわけにはいかないではないですか!(こんなんばっか)

 さて、今回の旅は港町をめぐる旅ということで、必ず船で港に入るという、なんとも酔狂なもの。だから高知に行くのも川崎港から16時間も船に揺られていくし、東京からわざわざ名古屋まで行って、そこから仙台港までほぼ1日かけて行ったりとか、普通じゃ考えられないことをやってます。これで船旅に憧れるかと言われれば、いやそれはちょっと……って感じですが、ネタ的にはとてもおもしろいです。(^^;) あ、でも、もしわたしが九州に住んでいたら、韓国に船で通っちゃうかもしれないなあとは思いました。

 前述の2冊は基本的に奥田氏がひとりで好き勝手に動きまわっていた旅の記録ですが、今度のは編集者やカメラマンが同行してのグループ旅行的な感じで、これはこれでおもしろかったです。わがままで人に合わせることが嫌いな(ように思える)著者が、けっこう同行者に気を遣っていたり、ええカッコしい(に見える)なのに船のデッキでひとり踊りまくったり。思わず想像して、ぷぷぷっと吹き出してしまったこと数知れず。ぼやきのような語り口といい、なんともいい味出してます。

 ところで、『邪魔』とか『最悪』のようなモジュラー型クライム・ノヴェルはもう書かないのでしょうか? あれで奥田節にハマったわたしとしては、ああいう路線の復活もぜひお願いいたしたく。

■書誌情報
『港町食堂』奥田英朗/新潮社(2005.11.20発行)

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ギブソン

ギブソン 初めて読む作家です。ミステリ・フロンティアだから、そう大きくははずれないかなと思って。

 主人公の日下部は広告会社の社員。接待ゴルフの当日、上司の高城を自宅まで車で迎えに行ったが、いつもは時間に正確な高城がいっこうに現われない。不審に思って自宅のドアを叩くが自宅にもいない。高城はそのまま行方不明となった。同居しているひとり息子から、高城が家を出たのは約束の時間の30分前だったと知り、日下部は高城がなにか事件か事故に巻き込まれたのではと考える。さらに、近所で行方不明になっている老人がいることが判明し――。

 素人探偵のハードボイルドかと思いきや、最後はそう来ましたか。思わずびっくり。引きこもり青年、銃声、ストーカー、高城の日記、血のついた衣類などなどいろんなピースがばらまかれるのだけど、どのピースが事件解決につながるのか、いっこうにわからない。もう最後は一気読みでした。新感覚のおもしろいミステリとしておすすめ。

■書誌情報
『ギブソン』藤岡真/東京創元社(2005.04.15発行)

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あの日にドライブ

あの日にドライブ 主人公の牧村伸郎は、たった一度、上司に逆らってしまったがために、エリート銀行員としてのキャリアを棒に振った。いまは生活のため、タクシー運転手をしている。朝8時から翌朝8時までの24時間勤務。パート勤めの妻とは生活がすれちがい、年頃の娘や息子からはけむたく思われている。ハンドルを握りながら伸郎は夢想する。あのときああしていれば、こうしていれば……。そんな思いが昂じてか、学生時代に住んでいたアパートを訪ね、あこがれだった出版社を訪ね、かつての恋人の実家の界隈に出没し……。

 最後のまとまり方はこの人らしくて好きなのだけど、主人公の変に感傷的なところがどうにもねえ。(^^;) 誰だって、あのときああしていればと思うことはあるけれど、あまりのめめしさに、後頭部をスリッパで殴りつけてやりたくなりました。が、物語が進むにつれ、そうか、そうだったのかと納得。最後もすがすがしくて楽しく読めました。

 それにしても、いまの時代でも会社ってこんなものなのでしょうか。終身雇用とか年功序列なんかとっくに崩れた現代なのになあと思いながら読んでしまいました。

■書誌情報
『あの日にドライブ』荻原浩/光文社(2005.10.25発行)

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魔王

魔王 タイトルを見てまず頭に浮かんだのが、焼酎の名前……ではなく(^^;)、シューベルトの歌劇だったんですが、当たりでした。それがどう使われているかは、まあ読んでのお楽しみということで。

『ペンギンの憂鬱』を読んだ直後に読みはじめたのですが、なんか似ているんですよね。使われているモチーフが社会に対する批判だとか、なんらかの主張だというふうにも取れるけれど、この小説はそういうことを訴えたかったんじゃないと思う。あくまで、不思議な能力を持ってしまった兄弟が、世の中の流れとたたかおうとした物語なんじゃないかな。

 でも、話に出てくるファシズムとか改憲論議などをいいかげんに扱っているかと言えば、そういうわけでもない。オリンピックやサッカーの日本代表の試合で「ニッポン! ニッポン!」というコールに昔から不気味なものを感じているあたしには、けっこうツボでした。まあ、サンダーのライヴで、ダニーに "Scream!" と言われて Scream してしまうあたしが言っても、説得力はありませんが。ははは。

■書誌情報
『魔王』伊坂幸太郎/講談社(2005.10.20発行)

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愚か者死すべし

愚か者死すべし やっとここまで漕ぎ着けました。といっても、リアルタイムで読んでいる人にくらべれば、何分の1かのスパンで読んでるわけで、前作の『さらば長き眠り』から9年余りという時の流れを共有できないのが残念。

 新宿署地下駐車場での銃撃現場に偶然居合わせてしまった沢崎。1発目は連行される容疑者に、沢崎が車を襲撃者の車に衝突させるのとほぼ同時に発射された2発目は、容疑者を連行していた刑事に命中した。その後、事件は意外な方向へ。

 うーん、話としてはどうなのかなあというのが正直なところ。ただ、この人の作品には独特の美学があって、それがぶれないところが魅力なんだと思う。思わずメモをとりたくなるような台詞にあふれているしね。独特の美学と言えば、21世紀にもなってあいかわらず電話応答サービスを使っているところもかたくなだよね。探偵に携帯電話は……やっぱ合わないかな。車はブルーバードだし、煙草は両切りのピースだし。時代遅れもいいとこなんだけど、この人が書くと妙に説得力があるのが不思議。

■書誌情報
『愚か者死すべし』原リョウ(「リョウ」の字は寮のウかんむりなし)/早川書房(2004.11.30発行)

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容疑者Xの献身

容疑者Xの献身 噂にたがわずおもしろさ抜群の内容でした。もう、すっかりだまされちゃいましたよ。

 冒頭でいきなり殺人事件が起こります。誰が誰をどのようにして殺したのか、読者にはしっかり知らされます。そして、ある人物が犯罪の隠蔽に力を貸すと申し出ます。で、死体が発見されて……。

 となると当然、刑事コロンボふうな、探偵なり警察なりが犯人を追いつめていく話になると思うでしょう? もちろん実際にそういう展開になるのですが、ミスリードのしかたがとてもうまいのです。だから、最後の最後ではもうびっくり。

 こういうのって、トリックを重視するあまり、人間が描けていないものも多いけれど、これはちがう。タイトルの意味がずしりと重いです。ラストもすごくいい。

■書誌情報
『容疑者Xの献身』東野圭吾/文藝春秋(2005.08.30発行)

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てるてるあした

てるてるあした 15歳の少女が主人公の短篇連作集ですが、これは『少女には向かない職業』とはうってかわって、のほほんとしたハートウォーミングなお話です。

 せっかく念願の高校に合格したというのに、その入学式を目前に控え、浪費家の両親のせいで夜逃げする羽目になった15歳の少女照代。日本中を転々とするつもりの親とは別れ、佐々良(ささら)という小さな田舎町にやってきます。ここに住む母の遠縁の女性のもとに身を寄せるためなのですが、照代は一度も会ったことがありません。不安を胸に訪ねていった先には……。

 佐々良という地名でぴんとくるかもしれませんね。そう、突然の事故で夫を失ったサヤを主人公にした連作短篇『ささらさや』のスピンオフというか姉妹編という位置づけです。前作でおなじみのメンバーとのやりとりをとおして、ささくれだっていた照代の気持ちが少しずつ変わっていきます。最後はちょっと泣けますが、悲しい涙というわけじゃありません。

■書誌情報
『てるてるあした』加納朋子/幻冬舎(2005.05.25発行)

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少女には向かない職業

少女には向かない職業 うわ、これ、すごいな。このミステリ・フロンティアから出てる本は、いままで読んだものほとんどすべてが当たりだったけど、これもハマりました。10代の少女の閉塞感とか、純粋さの裏返しである残酷さがしっかり描かれています。読んでいて、ピーター・ジャクソン監督の『乙女の祈り』を思いだしました。

 物語は“中学二年生の一年間で、あたし大西葵十三歳は、人をふたり殺した。”という衝撃的な告白で幕をあける。学校では快活な女子中学生を演じる葵だけど、家に帰れば義父は職にあぶれて酒におぼれ、母は仕事で疲れ切っていて娘と向き合う余裕すらない。そんな13歳の夏休み、クラスメートだけどほとんど話したことのない宮乃下静香とばったり出会ったことから、葵の闘いが始まった……。
 語り口は軽いけど、内容はずしりと重い。心に闇をかかえる葵と静香が、しだいに接近していく過程の描き方がうまいです。これも一種のノワールなんでしょうか。

■書誌情報
『少女には向かない職業』桜庭一樹/東京創元社(2005.09.30)

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I’m sorry,mama.

I’m sorry,mama. もー、この人は期待を裏切りません。いや~な女のいや~な話です。(^^;) 

 主人公であるアイ子もすごいけど、彼女に殺されるためだけに出てくる脇役たちも、これでもかというくらいに強烈なキャラクターを持ってます。のっけからすごいです。結婚20周年の食事に出かける夫婦の話から始まるのですが、この夫婦が思いっきり濃ゆいんですよ。文字を追うだけで、情景だけじゃなくふたり(特に奥さんのほう)が放つ淫靡な雰囲気とか、品のなさとか、においまでが伝わってくる感じ。

 ひとかけらの同情すらかけてやる気になれない女を主人公にして、ここまで読ませるのは本当にすごい。脱帽です。でも、好みの分かれる作品でしょうねえ。

■書誌情報
『I’m sorry,mama.』桐野夏生/集英社(2004.11.30発行)

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女王様と私

女王様と私 おととし、『葉桜の季節に君を想うということ』でびっくりさせてくれた(ホントに最後でびっくりするんだよー)歌野晶午の新作を読んでみました。タイトルがいいでそ?

 物語は母親と息子の夕食のシーンから始まります。父親は仕事で遅いらしく、お母さんだけがひとりでくっちゃべっています。それにうんざりした息子は、翌日、家を出て、とんでもないことに巻きこまれていくという話なのだけど、興をそいじゃうと思うのでくわしいことは書けません。

 途中で大きく話が展開するところでは、正直「ずるい」と思いました。言ってみれば、密室殺人の犯人は怨霊でしたとか、恨みを持つ人が藁人形に5寸釘を打ちこんだからでしたとか、そういう肩すかしに近いかな(いや、ぜんぜんちがうか)。でも、それも最後まで読むと、ストンとおさまるので、まあいいかという感じ。ただ、『葉桜~』級のびっくりを期待するとだめかも。あの、途中の方向転換さえなければねー。

■書誌情報
『女王様と私』歌野晶午/角川書店(2005.08.31発行)

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さよなら妖精

さよなら妖精『犬はどこだ』が気に入ったので、またまた米澤穂信を読んでしまいました。いやー、いいですね! ますます好きになりました。

 1991年の4月、高校生の守屋は雨宿りをしている少女と出会った。ユーゴスラヴィア人で、意思疎通ができる程度の日本語をあやつるその少女の名はマーヤ。マーヤは2カ月間、守屋らと語らい、遊び、同じ時を過ごした。そしてたくさんの思い出を胸に祖国に帰っていった……。

〈ミステリ・フロンティア〉のシリーズで出ているのに、これのどこがミステリかって? 実はしっかり謎があるのです。解くのがとても怖い謎が。でもそれよりは、青春の1ページを切り取ったような、せつない出会いと別れの物語として読みたい本ですね。読み終わったあとにもう一度タイトルを見ると、ぐっとこみあげてくるものがあります。

■書誌情報
『さよなら妖精』米澤穂信/東京創元社(2004.02.25発行)

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ユージニア

ユージニア ある夏の日、地方の名家の祝いの席で、毒入りの飲み物が差し入れられ、家族のみならず、近隣の人たちも含めた17人が犠牲になった。それから数カ月後、事件はひとりの男の自殺という形で、いちおうの解決を見た。しかし、当事者にとって、20年以上の歳月が流れた今もなお、事件は終わっていなかった……。

 本書は、事件の関係者それぞれが、当時を振り返って物語るという形をとっている。事件当時小学生で、その後、事件を1冊の本にまとめた女性、それを手伝った後輩、担当刑事、毒入り飲料を飲みながら唯一助かった被害者の娘らの語りによって、しだいに事件の疑問点が浮かびあがっていく。

 昔の事件を再検証するという形ではあるけれど、ミステリというわけじゃない。もちろん、謎があって、それが少しずつ解明されていくのだけど、ラストの感じはむしろ、ホラーに近いかもしれない。事件が起こったのも夏、聞き手が話を聞いてまわっているのも夏。北陸の夏のねっとりした感じがまた、一種独特の雰囲気をかもしだしていていい。

■書誌情報
『ユージニア』恩田陸/角川書店(2005.02.05)

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犬はどこだ

犬はどこだ タイトルに惹かれて読んでみたのですが、ハマりました。好みだー。

 わけあって東京での銀行員生活にピリオドを打った紺屋長一郎。ふるさとに戻り、抜け殻のような生活を送ること半年、手軽な商売を始めることにした。本当はお好み焼き屋をやりたかったが、ある事情によりそれは断念し、調査事務所をひらいた……犬探し専門の。しかし事務所オープン当日に舞い込んだ依頼は、失踪人探しと古文書の真贋鑑定だった……。

 就職2年にして人生最大の挫折を味わった主人公のやる気のなさと、押しかけ助手のハンペーのやる気まんまんなところが対照的で、妙におかしいです。失踪人探しを紺屋が、古文書の調査をハンペーが担当するのですが、ふたつの依頼がしだいにクロスしていきます。しかけもうまいし、ラストもびっくり。おまけに青春小説としての魅力もばっちり。

 表紙に“THE CASE-BOOK OF "KOYA SEARCH & RESCUE" 1”とあるので、たぶんシリーズ化するんですよね。次も楽しみ。それまでのつなぎというわけじゃないけど、同じミステリ・フロンティアから出ている『さよなら妖精』も読んでみよう。

■書誌情報
『犬はどこだ』米澤穂信/東京創元社(2005.07.25発行)

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天使のナイフ

天使のナイフ こ、これはおもしろいですよぉ。第51回江戸川乱歩賞受賞作。「衝撃の展開! 驚愕のラスト」の帯に偽りなしです。

 4年前、妻を殺された桧山貴志は、チェーン店系のコーヒーショップの店長をしながら5歳になる娘の愛美を男手ひとつで育てている。妻を殺した犯人はなんと13歳の少年3人組で、遊ぶ金ほしさの犯行とのことだった。3人は少年法の規定により刑事罰は受けず、すでに自立支援施設を出て社会に復帰している。そんなおり、3人のうちひとりが、桧山の職場からそう遠くないところで殺されているのが発見された。通りすがりの犯行の可能性もあるが、桧山に事件発生当時のアリバイがないことや、彼がマスコミに対し「犯人を殺してやりたい」と口走っていたことなどから、警察は桧山に疑いの目を向ける。さらに第2、第3の事件が起こり……

 ……と書くと、疑いを晴らそうと桧山が奔走する展開かなと思うでしょう? でも、ちょっとちがうんだな。たしかに、桧山は事件をきっかけにあれこれ調べはじめるんだけど、あくまで、少年たちが本当に更正したのかどうかが知りたかったというのが出発点。それがしだいに妻の死の謎、ひいては妻の過去へと結びついていく。とにかく構成が緻密で、思っていた方向と全然ちがうほうに話が展開してもちっとも違和感がない。最後のサプライズもお見事。ひさびさのおすすめです。

 少年法の問題点はいろいろ言われているし、これですべて解決という答えは絶対にない。未成年の可塑性を信じてやりたいと思いつつ、被害者や遺族の気持ちも考えたら罪に問わないという道が本当にいいのかとも思う。でも、人間は誰でも過ちを犯すものだし、そこでゲームオーバーにしちゃえなんていう社会というのもいやだし……読みながらそういうことをいろいろ考えさせられました。

■書誌情報
『天使のナイフ』薬丸岳/講談社(2005.08.08発行)

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写楽・考

写楽・考 異端の民俗学者、蓮丈那智を主人公にしたシリーズ第3弾。

「御守り様」と呼ばれる古い人形の調査におもむいた先で、当主の殺害事件に遭遇する「憑代忌(よりしろき)」、古い石鳥居が湖底で発見された村で、鳥居の意味について考察する「湖底記」、神像を燃やすという奇祭の翌日に起こった殺人事件の謎にいどむ「棄神祭」、大胆な民俗学仮説と失踪した資産家の謎を追う「写楽・考」の4編がおさめられています。こういう蘊蓄ものは楽しいですね。民俗学のことなどまったくわかりませんが、べつに小難しい話をしているわけではなく、古くからの言い伝えや祭り、身近にある鳥居などの起源や意義や役割を、那智や、助手の内藤三国らとともにたどっていくのはわくわくします。

 ところで、このシリーズの第1弾におさめられていた「凶笑面」がつい最近、フジテレビでドラマ化されたそうですね。うちはスカパーしか見られないので見てませんが、どんな感じだったのかな。那智役の女優さんは、とてもきれいな人だったけど、サイトの写真を見るかぎり、わたしのいだいているイメージとはずいぶんちがうような気がしました。まあ、生身の人間に那智みたいな人、いないですよね。ものすごい美人でありながら、怜悧で頭脳明晰、言葉だけで相手を震えあがらせることができて、その笑みは菩薩のよう。それでいて言葉は男言葉(乱暴という意味ではないですよ)なんだもの。

■書誌情報
『写楽・考 蓮丈那智フィールドファイルIII』北森鴻/新潮社(2005.08.20発行)

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いかさま師

いかさま師  『このミス』大賞シリーズ 第2回『このミステリーがすごい!』大賞で大賞を受賞した人なんだそうです。先週出た《ミステリマガジン》に著者インタビューが載っていて、それで急に興味がわいたという次第。

 高林紗貴は、入院中の母の私物から1枚の古い封筒を発見する。それはいまから30年前に鷲沢絖なる人物が母にあてた遺言状で、彼が描いたすべての絵を紗貴の母ナオに贈るとしるされていた。鷲沢は天才画家と謳われながら絵はほとんど売れずに自殺していた。最初は母とその画家との接点がわからなかった紗貴だが、ヒントを求めて調べるうちにおさない頃の記憶がよみがえり、やがて鷲沢の屋敷にあったはずのラ・トゥールの絵がなくなっていることに気づく……。

 長い間忘れられ1915年に再発見された、フランス古典主義の画家ラ・トゥール。その名画の行方を追う話……なんだけど、あんまり濃くないんだよね。全体的に。たしかに誰が敵で誰が味方か、騙しと裏切りが錯綜するおもしろい話ではあるけれど、贋作とか失われた名画の話を語るにはこの枚数は少なすぎ。美術ミステリというふうにはとらえずに読むのがマルかな。相続問題で紗貴とはライバル関係になるはずの鋭士という若者がいい味出してます。

 ところでラ・トゥールって、今年、日本初の展覧会が国立西洋美術館であったんですね。し……知らなかった。見たかったよ~。ちなみに、本書の表紙に使われているのが、代表作の「いかさま師」。

■書誌情報
『いかさま師』柳原慧/宝島社(2005.07.30発行)

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明日の記憶

明日の記憶 人間の記憶って本当に不思議だと思う。なにを憶えてなにを忘れるのか、その取捨選択ってどういうメカニズムでおこなわれているんだろう。忘れたいことほど妙に憶えているのも不思議。憶えたいことにかぎって憶えられないのも不思議。若年性アルツハイマーというシリアスなテーマを扱ったこの小説を読みながら考えていたのは、本質とはちがうそんなことだった。

 それはともかく、小説のほう。実際にアルツハイマーを患っている方やその家族の苦労や恐怖心はこんなものじゃないだろうけど、リアルさを求めるならノンフィクションを読めばいい。若年性アルツハイマーと診断された主人公をとおして、あたりまえの毎日がいとおしく思えるなら、それで充分……かな。ラストは、この人らしさが出ていて好き。

■書誌情報
『明日の記憶』荻原浩/光文社(2004.10.25発行)

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犯人に告ぐ

犯人に告ぐ『火の粉』がおもしろかったので話題のこれも読んでみた。昨年の《このミステリーがすごい!》国内部門第8位にランクインした、話題の劇場型捜査小説。

 川崎で幼い男の子ばかりを狙った誘拐殺人事件が4件起こった。さらには事件の犯人を“最低の人間”とコメントしたニュース番組のアナウンサーに、“バッドマン”を名乗る人物から脅迫状が届く。近所の聞き込みや不審者の洗い出しなど、通常の警察の捜査が行き詰まりを見せたとき、県警本部長の曽根は大胆な作戦に出る。現場の捜査官をテレビに出演させ公開捜査をおこなおうというのである。

 その任務をまかされた巻島は、公開捜査の形を取りながら、犯人“バッドマン”を誘い出すように呼びかける。やがて“バッドマン”からの手紙が届き――。

 犯人がなぜ幼い子どもを殺したのか、4件も立て続けに事件を起こしながらなぜぷつりとやめてしまったのか。そういう点はまったく明らかにされない。連続殺人事件の捜査を舞台に警察内部を描いた警察小説なのだからしょうがないと言えばしょうがないのかな。最初の3分の1くらいはすごく引きこまれたんだけど、そのあとはいまひとつ。

■書誌情報
『犯人に告ぐ』雫井脩介/双葉社(2004.07.30発行)

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告白

告白 前々から気になっていた作家だけど、なんとこれが初町田。いやー、もうすごすぎて言葉が出ません。

 明治26年5月、河内の赤坂水分村で実際に起こった、老人から赤んぼうまで10人が惨殺された事件を題材に、人はなぜ人を殺すのかという重いテーマを扱った作品。といっても、ちっとも暗い話じゃない。なんの予備知識もなしに読みはじめたら、こんな結末は絶対に予想できないはず。

 農家の長男坊として生まれた城戸熊太郎は、頭のなかの考えをうまく他人に伝えることができず、それがために周囲からは変人扱いされ極道者と見なされる。

 650ページ以上にもおよぶ大作のほとんどは、熊太郎が世間から乖離し、そのことで苦悩するさまを描いている。はたからは、いい歳をして働きもせず、博打と酒に明け暮れているだけに見えても、熊太郎には熊太郎なりの思惑がある。彼の思弁を怠け者の言い訳ととらえる人もいるかもしれないけど、自分と共通する思いを感じてドキッとする人も多いはず。熊太郎に対する村人の態度は、人と同じであることをよしとする日本社会の縮図なのかもしれない。

 登場人物の会話はもちろん、地の文のところどころも河内弁で、慣れるまではちょっと読みづらいかも。

■書誌情報
『告白』町田康/中央公論新社(2005.03.25発行)

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死神の精度

死神の精度 死神の話もこの人の手にかかると、こんなすてきでほのぼのした話になるから不思議。

 主人公の死神の仕事は、人間の世界に派遣されて、事故や事件で死ぬことになっている人間を調査すること。調査といっても、1週間前に相手に接触して話をし、「可」あるいは「見送り」と報告するだけ。そしてたいていの場合、「可」の報告をする。

 おさめられている6篇はどれも、死神と調査対象となる人間とのやりとりを描いたものだが、どれも少しずつテイストがちがう。オーソドックスな表題作から、密室殺人ふうの「吹雪に死神」、ロードノベル的な味わいを持つ「旅路を死神」といったぐあい。最後の「死神対老女」のしかけに、思わずにやり。うまいな~。

■書誌情報
『死神の精度』伊坂幸太郎/文藝春秋(2005.06.30発行)

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さらば長き眠り

さらば長き眠り 冬の終わりの真夜中近く、沢崎は400日ぶりに東京に戻ってきた。そこで出会った浮浪者から、魚住という男が彼に連絡を取りたがっていることを知った。手がかりは魚住が残していった電話番号と、それが書かれた他人の名刺のみ。どうにか探しだした魚住の依頼は、11年前に自殺したとされる姉の死の真相を突きとめてほしいというものだった――。

 私立探偵沢崎を主人公とする長篇第3作。謎解きとしては、2作目よりこっちのほうが好きかも。多くの関係者がいろんな形で作りあげた虚構を、粘り強い調査で沢崎は少しずつ崩していく。その一方、悲劇を嘘で塗り固めねばならなかった個々の心情を思うとやりきれないものを感じる。

■書誌情報
『さらば長き眠り』原リョウ/ハヤカワ文庫JA(2000.12.15発行)
   (リョウの漢字は寮のウかんむりなし)

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サウスバウンド

サウス・バウンド わはは、このお父さん、傑作だ~! 元過激派で伝説の活動家を父に持ってしまった小学生が語る、型破りな家族の型破りな物語。第1部は《KADOKAWAミステリ》に連載されたものをまとめ、書き下ろしの第2部はその続編という形になっている。そのせいかな、トータルとしてのまとまりに欠けるような気がする。第1部と第2部はそれぞれ別の作品として読んだほうがいいかもしれない。

 でもね、でもね、とにかくお父さんが傑作なの。組織的な運動からは足を洗い、国家だの体制だの資本家だのにひとりで闘いを挑む姿はあまりに極端だけど、どこかかっこいい。それに左翼も右翼も、おまけに市民運動までばっさりと切り捨ててしまうところなんか、読んでいて気持ちいい。そうそう、そうなんだよねと、何度うなずいたことか。まあ、自分の身近な人がこうだったらちょっと嫌かもしれない。でも、どうせなんにも変わらないとうそぶいて選挙に行かない人よりはずっと好きかな。

■書誌情報
『サウスバウンド』奥田英朗/角川書店(2005.06.30発行)

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私が殺した少女

私が殺した少女「行方のわからない家族のことで相談したいことがある」という1本の電話で、作家の真壁脩の自宅におもむいた沢崎は、はからずも少女の誘拐事件に巻き込まれ、さらには身代金受け渡しの大役まで引き受けるはめに……。

 とてもおもしろく読めたけど、あの真相はどうかなあ。もうちょっと伏線を張って、なるほどとこちらをうならせてほしかった。でも、ディテールの書き込みなどは本当にうまくてうっとり。

■書誌情報
『私が殺した少女』原尞/ハヤカワ文庫JA(1996.04.15発行)

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残虐記

残虐記 桐野夏生という人は、これでもかというほど読後感の悪い小説を書きますねえ。いや、非難してるんじゃないですよ。(^^;) こういうのも好きなんです。

 失踪した女性作家が残した手記には、彼女がかつて男に拉致され、その男と過ごした1年余の生活と、事件後の彼女の心のうちが綿々と綴られていた。新潟の少女監禁事件にヒントを得たそうだが、もちろん、監禁された少女が心に深い傷を負ったというだけの話にはなっていない。監禁されていたアパートの隣室の男の存在、事件の解明に異様なほどの執念を燃やす義手の検事などが、あの独特の、ねっとりとした桐野ワールドを展開する。

 まとわりつくような読後感の悪さが、なんとも言えません。

■書誌情報
『残虐記』桐野夏生/新潮社(2004.02.25発行)

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追憶のかけら

追憶のかけら 妻をなくした大学講師、松嶋のもとに、佐脇依彦という作家の手記が持ち込まれた。佐脇は戦後まもなく数編の短篇を発表しただけで、謎の自殺を遂げていた。手記は佐脇の死の直前に書かれたもので、彼の自殺の真相にせまるものと思われた。これを論文として発表すれば、研究者として脚光を浴びることができる。輝かしい自分の将来に胸を高鳴らせる松嶋だが――。

 手記の中の謎にくらべると、松嶋にふりかかる災難の謎が弱いかなー。でも、ラストが美しかったし、たっぷり楽しませてくれたからマル。

■書誌情報
『追憶のかけら』貫井徳郎/実業之日本社(2005.07.25発行)

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神様からひと言

神様からひと言『ハードボイルド・エッグ』以来、ひさしぶりに荻原浩を読んでみた。

 上司を殴って広告代理店をクビになり、インスタントラーメンを主力とする食品会社に再就職した涼平だが、ここでも早々に問題を起こし、販売促進課から総務課お客様相談室へと異動になった。なんでもこのお客様相談室は、リストラ要員の強制収容所と呼ばれ、たいていの者は1カ月か2カ月で辞めていく。おまけに新入りは、そんな苛酷な条件を生きのびたゴキブリみたいな社員からいびられまくるという。それでも、辞表を叩きつけてやるのは懐事情が許さない。かくして涼平は、消費者からの苦情電話と闘う毎日に足を踏み入れることに――。

 とにかく痛快で楽しい。サラリーマンの悲哀を描きながらも、それがちっとも重くなくて、すごく前向きな気分になれる。お客様相談室のゴキブリこと篠崎をはじめ、登場人物のキャラクターも立っている。なかでも、篠崎さえもその電話にびびりまくるという苦情の常連、“明石町”の通称で呼ばれる老婦人は傑作。

 おかしな場面がいっぱいなので、電車のなかで読むときには注意すること。なお、あたしが読んだのは単行本だが、3月に文庫版も出た。

■書誌情報
『神様からひと言』荻原浩/光文社(2002.10.25発行)

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酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記

酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記 飛行機が怖いがために海外旅行経験ゼロという著者が、取材旅行という名目で憧れだったイギリスとアイルランドに旅立つことに! 出発の1週間前から、「あれ」に乗る恐怖から逃れるために書きはじめた手記が、なぜか雑誌の連載となり、それをまとめたのが、人を食ったような装丁のこのエッセイというわけ。

 恐怖ゆえの妄想がおかしくて、「それってネタですか?」と読みながら何度突っ込んだことか。これを読んで、イギリスやアイルランドに行きたくなるかどうかは疑問だけれど、恩田陸の妄想を読んでいるだけで楽しい。

■書誌情報
『酩酊混乱紀行「恐怖の報酬」日記』恩田陸/講談社(2005.04.25発行)

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そして夜は甦る

そして夜は甦る 1988年に出た単行本の文庫化です。日本のハードボイルド作家はわざと避けていたところがあって、いまもあまり積極的に読みたいほうじゃないんですが、去年読んだ矢作俊彦の『THE WRONG GOODBYE』があまりに良くて、じゃあ、この人もいけるんじゃないかと思った次第。

 とにかくかっこいいのひと言。私立探偵業をいとなむ沢崎のもとを男が訪れ、佐伯というジャーナリストの行方を尋ねていった。その直後、沢崎は佐伯の妻から、行方不明の夫を探してほしいと依頼を受ける。どうやら佐伯はものすごいスクープをつかんだようなのだが――。

 ストーリーとしてもおもしろいけど、沢崎の一人称による語りが絶妙なんですよね。気障な科白をこれでもかと吐くんだけど、それがちっともおかしくなくて決まってる。いま、こういうハードボイルドってないですもんねえ。東京が舞台なのに、すごくバタくさくって、その雰囲気がなんともいえません。文章で酔わせることのできる作家だと思いました。沢崎のシリーズは全部読むぞ。

■書誌情報
『そして夜は甦る』原尞/ハヤカワ文庫JA(1995.04.15発行)

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君たちに明日はない

君たちに明日はない 垣根というと、これまでミステリというかクライム・ノヴェルというか、そういう路線の作品ばかりだったけど、今回は犯罪も謎もない連作短篇。

 主人公の村上真介は、企業のリストラを請け負う専門会社の社員。リストラ候補要員と面接し、自己都合退社へと導いていくプロ。その彼が、メーカー、銀行、音楽プロダクションなどを舞台にクビを切っていく。というと、血も涙もない冷徹な男の話と思うかもしれないけど、ゲラゲラ笑わされたり、ほろりとさせられたりと、とにかくおもしろい。クビを切る側、切られる側、それぞれの言い分が軽妙な語り口で書かれていて、悲壮感を微塵も感じさせない。

 そう、この人の最大の持ち味は、やはりこの語り口。うまいなー、まねしたいなーと思いながら一気読み。食べ物がエスニック系に偏っているのは、やはり作家の趣味……なのかな。なんかむしょうにベトナム料理が食べたくなっちゃったよ。

■書誌情報
『君たちに明日はない』垣根涼介/新潮社(2005.03.30発行)

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瑠璃の契り

瑠璃の契り―旗師・冬狐堂 北森鴻のシリーズものには、異端の民俗学者、蓮丈那智を主人公にしたものだとか、三軒茶屋にあるビア・バーを舞台にしたものなどがあるけれど、いちばん好きなのはやはりこれ。旗師(店舗を持たずに骨董の売買をおこなう業者)の宇佐見陶子が骨董の世界であれこれ事件に巻き込まれていくというもの。この『瑠璃の契り』はそのシリーズ最新刊で、《オール讀物》に掲載された4篇の短篇をまとめたもの。

 ミステリではあるけれど、謎解きそのものよりも、陶子の骨董に対するこだわりというか、信念みたいなものが感じられて、それがこのシリーズの魅力になっている。魑魅魍魎がうごめく骨董・古美術の世界で、ときに挫折を味わって親友に泣き言を言ったりするところが、また人間くさくて好き。蓮丈那智が何事にも動じず、常に冷静なのとは対照的。

■書誌情報
『瑠璃の契り』北森鴻/文藝春秋(2005.01.15発行)

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夜のピクニック

夜のピクニック 北高校の年に1度の行事、鍛錬歩行祭の日がやってきた。1年生から3年生までの全校生徒が朝の8時から翌朝の8時まで、とにかく歩いて歩いて歩きとおすという苛酷な行事。本書はそんな行事を舞台に、最後の歩行祭にのぞんだ3年生たちの24時間を描いたお話。

 その3年生のひとり、甲田貴子は心のなかでひとつの賭けをしていた。その賭けに勝ったら、ずっとわだかまっていたものを清算するための行動に出ようと。そのわだかまりとは、同じクラスの西脇融とのことだった……。

 貴子と融のぎくしゃくした関係を軸に、いかにも高校生らしいエピソードをいっぱい散りばめたノスタルジックな物語。う~ん、せつない。

■書誌情報
『夜のピクニック』恩田陸/新潮社(2004.07.30発行)

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